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モザイク仕立ての果実 36
柔らかな眼差しは向けられ慣れないもので、居心地良く感じなければいけないはずなのにどこかそわそわとした気分にさせられる。
Ωは蔑みの目で見て当然って中で暮らしてきただけに、出会ってからずっと喜多の眼差しには戸惑う。
「ひど……あったよ、酷いこと」
酷いことならいっぱいあった。
シェルターを追い出されて、母や妹だけじゃなくて初恋の人とも会えなくなったし、しかも携帯電話まで取り上げられてしまった。
しかも会社の皆には糾弾されて、ケガまでして……
「今日は巳波ちゃんの好きなものたくさん作るから、それでちょっと楽しくなれるかな? それともカラオケとかいく? 俺……ちょっと音痴で歌えないけど、巳波ちゃんが歌うの聞いてるし」
「………………」
「それか……映画とか? バッティングもスッキリするけど、巳波ちゃんは行ったことある?」
喜多は一生懸命僕を慰めようとしてくれているようだった。
他にも色々と提案して、カフェラテ色の瞳を不安そうに揺らす。
「……そんなに僕の機嫌をとろうとするのって、セックスしたいから?」
「へ へ⁉︎」
喜多が真っ赤になって飛び上がるから、テーブルが騒がしい音を立てて紅茶がこぼれる。
「性奴隷にして、好き放題したいから?」
「み、み、巳波ちゃんっ⁉︎」
「精液便所みたいに使いたいの?」
ぽつ ぽつ と尋ねる僕の言葉に、喜多は赤くなったり青くなったり白くなったりと忙しい。
慌てふためいている姿は滑稽だけれど、黙っていれば格好いいんだからΩなんて幾らでも寄ってきそうなのに……どうして、喜多は僕の首を無理矢理噛んで言うことを聞かせないんだろう?
どうして、僕の意思を聞くんだろう?
「僕はオメガなんだから、ちょっとフェロモンを出せば大人しく言うことを聞くよ?」
というか、αのフェロモンに当てられてしまえばそこにΩの意思なんて存在しないのに。
「俺 は……せ、性欲がないわけじゃないし、考えないこともないけどっ! フェロモンで力ずくとかは違うと思うし、無理矢理も違うと思う……思っていうか無理矢理は良くないよっ」
「だって、僕はオメガだよ」
「っ っ……オメガだからとかは、関係ないよ。どの立場だって無理強いは良くない」
キッパリと言い切る喜多の顔を胡乱に睨み上げる。
「そりゃ……巳波ちゃんが俺の気持ちを受け入れてくれて、番……うぅんせめて恋人になってくれたら嬉しいけど」
喜多は耳の先まで赤くして、もじもじと広い肩幅をすくめて恥ずかしそうにしている。
いつも偉そうなαがそんな姿を見せることに、そわそわとならなかったわけじゃない。
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