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モザイク仕立ての果実 38

 僕の手よりも大きくてゴツゴツしてて、でも綺麗で手入れのされた手はαの手だったけれども一度も僕を傷つけたことがない。むしろ僕に触れると壊すんじゃないだろうかって心配しているかにような、そんな動きばかりしている。  殴ってこないその動きが、最初は胡散臭くて気持ち悪くて仕方がなかったけれど…… 「君に傷ついて欲しくないんだ」  指先が慰めるようにくるくると手の甲を撫でる。 「傷つくようなこともして欲しくない。君自身で傷つけるのも嫌だよ」 「……喜多さんが嫌だとかなんだとか、関係なくないですか?」  つん と突き放すように言った僕に、喜多は少し寂しそうな顔をしたけれどそれでも微笑みはかわらなかった。  心を入れ替えた……ってわけじゃない、そもそも入れ替える必要がないんだから。  でもちょっとだけ、喜多に迷惑をかけたのかもしれないって自覚が芽生えたから、少しだけ、すこーしだけ優しくすることにして自分の身の上話を教えてあげたりもした。  とはいえ、甘やかしすぎてつけあがるといけないから、そこんところは匙加減が難しい。 「はい、寝てる間にも汗かくからね、きちんと水分摂るようにしてね」  そう言うと喜多はベッド脇にある小さな冷蔵庫から水のペットボトルを2本取り出し、片方を開けてから手渡してくる。 「あんまり喉乾いてないんだけど」 「少しだけでもいいよ、うちにいる間は健康的な生活をしようって約束だよね?」  自分の分を開けて喉を潤すとにっこりと笑う。 「もともと、不健康な生活なんてしてないけど?」  ただちょっと寝るのが遅くて起きるのが遅かったり、お菓子が大好きだったり、出不精だったり、運動が嫌いなだけの話だ。  健康診断を受けているってわけじゃないけど、特に不調が出たこともないから僕は健康だと言い切っていい!  喜多はちょっとだけ咎めるような顔をしたけれど、僕の生活なんだから文句なんて言わせない。 「寝てる間にコップ一杯分の汗をかくんでしょ?」  そう言ってごくごくごくって冷えた水を一気に飲んでからペットボトルを置いた。  半分も飲めば、文句も言えないだろう。 「一気に飲むのもよくないよ」  小さな苦笑と共に、喜多は「おやすみ」って言って出ていった。  何かしら僕に文句をつけないと気が済まないのかもしれない、僕は別に喜多の恋人ってわけじゃないし番でもないんだからぶつぶつ言われるのはホント嫌だ。  でも我慢してやってるのはここが思いのほか居心地がいいからで……  多分、それ以外に他意はない。 「ふぁ  」  今日も単発のアルバイトだったせいかあくびがとまらない。

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