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第9話

「なんか、最近、黒田さん、凄い顔色ツヤツヤしてませんかね」  同僚たちが話すのを聞きながら、彼方は「そうかな」とだけそっけなく返した。 「えー、黒田さんと一番仲いいの、清浦さんじゃないですか。……もー、今日だって、苦手なお客さんの所、ツーステップで行ってましたよ。あ、そのあと、直帰だそうです。今月、まだ始まって一週間なのに、もう、ノルマ達成とか、そろそろ、生産ラインから文句言われそうなくらい働いてますよ、あの人」  握りこぶしを作って力説する同僚に、 「へー」  とだけ、彼方は素っ気なく返す。  休憩所には、しらけた雰囲気が流れる。ここは、同意すべきだったか、と彼方が焦り始めた所で、会話に参加していた一人が、意味ありげな言葉を口にした。 「オンナじゃないっスか? ラブラブしてるから、ツヤツヤしてんですよ、あの人」 「あー、それはありそう。結構、恋愛体質かも知れない。想像だけど……彼女とかいたら、めちゃくちゃ尽くしそう」 「だろ? だから、彼女の可能性は否定出来ないと思うよ。清浦さん、あの人の彼女とかって知ってます?」  思わず、彼方はドキッとした。  彼女、ではないが、恋人、ではある。 「……知らないよ。いるって話しも、聞かないし……っていうか、そういうことまで、話すか? 同僚と?」 「いや、フツーでしょ。のろけたり、のろけられたりは。恋愛相談とか愚痴みたいな……って、その顔だと、マジで何にもないんですね」  同僚の顔には、なんとなく『かわいそー』という表情が浮かんでいる。 「い、いやっ……その……」 「いやいや、良いですよ、まあ、俺は、あの人には、ラブラブの彼女がいて、毎日毎日……」  とまで言ったところで、背後から「おい、お前ら、会社でする話じゃないぞ」と声が掛けられた。西園寺だった。なんとなく、気まずい感じがしたが、今は、ありがたい。 「えー、西園寺さんは、気にならないんですか? 黒田さんの彼女」 「まあ、気にならない訳じゃないけどな、清浦が知らないなら、居ないんじゃないか?」 「えーっ? そうなんですか?」  同僚は、不満げな声を上げたが「だって、結構、家に泊まりに行ったりしてるんだろ?」と西園寺が、とんでもないことを、さらりと言った。  心臓が、ドキドキと嫌な早鐘を打つ。知られないように、別々に行動していたはずだった。大樹の家へ行くのにも、彼の家から会社へ出勤するにも。 「えっ? そうなんですか?」 「あー、そうだよ。ここんところ、毎日じゃないか? ……俺の家、あの近くなんだよ」  ドキッとした。まさか、と焦り出す。知られていた? 西園寺に? チラリ、と西園寺の顔をうかがうと、顔は笑顔だった。だが、目つきは、どこか、鋭い。獲物を逃すまいとする猛禽の眼差し―――など、彼方は知らないが、そういう、鋭さを感じた。 「おまえら、毎日なにしてんの?」  ははっと西園寺が笑って続けた。「大方、オンゲでもやってるんだろ」 「あー……そうなんですよ。一緒のチームで……面倒で、一緒にやってるんです……」  ゲームなど、殆どやったことはない。けれど、ここは、渡りに船とばかりに、乗り込んだ方が良かった。オンゲ。オンラインゲームならば、ネットで少しは話を見ているし、それを題材にしたアニメを見たことがある。イメージは掴めた。 「ま、そんなもんだよなー、もっと楽しい事とかだったら良かったんだけど」  ははは、と西園寺が笑う。背筋に、冷たい汗が伝うを感じていた。 「なんか、清浦、顔色悪くないか?」 「あ、ちょっと、寝不足で……」 「毎日ゲームばかりやってるからだろ」  はは、と笑って手を振りながら西園寺は去って行く。その去り際、彼方の耳元に、西園寺がそっと、囁いた。一瞬、唇が、耳に触れた気がして、全身の肌がぞわっと粟立つ。 「それで、なんてゲームのタイトル?」  あざ笑うような声だった。おそらく、彼方と大樹の関係についても、ある程度、想像しているのだろう。なんとなく、彼方は、そう、確信した。

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