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第10話

  西園寺はどこまで知っているのか……或いは、知らないのか。  解らなかったが、あの場で直接指摘しなかったのだから、バラすようなことはないのだろう。 (あれをネタに脅される……とか?)  一緒にいるところを写真撮られた――と想像して、彼方は、それが、世間一般では『同僚二人が町を歩いている』という構図にしかならないことを思い出して、一度、深呼吸をした。  最近、大樹のほうから誘ってくれる。  そして山階のクスリがなくても、毎晩のように抱き潰される。それで、毎日、ツヤツヤした顔をして出社しているのだった。彼方のほうは、少々しんどさが身体に残っているが……精神的な充足感があるので、概ね満足している。  それに、毎日のように大樹の部屋に泊まっているので、じゃあ、一緒に住まないかという話も出ている。大樹の部屋は、元々、姉と使っていたらしいが、姉は、海外に居住するということで、引き上げてしまった。荷物も残して行かなかったので、部屋は余っているという贅沢な話だった。  両親の持ちもの、ということで家賃もなし。  これは、堅実に貯金をすれば、かなりの額が貯まるのではないか……などと、頭の中でそろばんをはじいてしまったのも悪い。 (さすがに、一緒に住んでるとか言ったら……、余計に怪しまれるかな)  そうは思うが、やはり、一緒に居たい。諸々の条件がなくても、例えば、彼方の安アパートでも良いから、二人でいたい。そう思うのは、不思議なことではないだろう。  西園寺が何を考えて居るのか解らないが、 (まずは、自分から突っ込んでやぶ蛇になるのは避けた方が良いな)  と言うことだけは理解した。  そして、思い出す。  西園寺の眼差し。  獲物を狙うような嫌な目つきだったような気がする。 (っていうか……自意識過剰なのかな)  狙っているというのなら、そういう意味だろうが、今まで、西園寺はそれらしい素振りをしたことはない。その時、不意に、森部長からの言葉を思い出した。 「いや、あれは、嫌ってるっていうか、小学生男子が、好きな子にちょっかい出す感じに見えるよ」  まさか、と思って、否定した―――が、人を見るのが仕事なはずなので、森の目からは、そう見えていると言うことだろう。 (西園寺さんが……、俺を……?)  何かの冗談だと思いたかったが、一応、気をつけておこうとは思った。顔をできるだけあわせないようにする。外回りの多い仕事なので、意外に、それは出来るような気がした。  密かに決意しながら、執務室に戻ると、 「清浦」  と東久世に呼ばれて、彼の席まで行くと、資料を見せられた。 「俺の引き継ぎ、『横河情報通信工業』さんのを頼みたいんだけど、良いかな」  その会社の名前を聞いて、ドキっとした。社内でも、大切な取引先の一つだった。 「い、良いんですか、俺で」  東久世は、柔らかくほほえんでから、「俺は、大事な仕事なら、清浦に頼みたいと思ったよ」と力強い声で言ってくれた。 「なんで、俺? ……西園寺さんとかじゃないんですか?」 「えっ? ……そうだな、俺が、辞めるって言った時、冷静に、引き継ぎの話をしてただろ。営業は、義理人情も必要だけど、そういうシビアさも必要だからさ」  静かに言ってから、東久世は、資料を指で撫でた。 「……けど、ある程度の愛情も、仕事には必要。それで、俺も、思い入れがあって、大事な仕事なら、それを任せられそうなヤツに、お願いしたい、と思ったんだよ」  それが、清浦だよ。  そう言われて、胸が、じん、と熱くなった。 「頑張ります」 「うん。ちょっと、覚えるのが多いと思うから、ここから、ちょっと大変だと思うけど、よろしくね」 「はいっ!」  仕事で認められる、というのが、とても嬉しかった。  残業続きになるかもしれないが、それでも、頑張って、引き継いでいこう、と彼方は充実した気持ちでいた。

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