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第12話
支給されているPCを持参すれば、どこででも仕事は出来る。執務室にいたくなかった。胃薬と媚薬の入った紙袋を手に、彼方は、会議室に籠もることにした。先日、大樹と一緒に来た、執務室から遠い、書庫近くの小さな会議室に来た。
相変わらず黴っぽい匂いがするが、この間よりはマシな気がする。
机に座り、とりあえず、オンラインで何件かの商談を済ませる。今日の商談は、別に契約が取れようが取れまいが、構わなかった。この会議室に引きこもっている為の、理由になればいい。話の長い取引先に捕まって、一時間もオンラインで会話をして居たが、それも、ありがたかった。
胃薬を飲むか、と思って紙袋をあける。胃薬は、錠剤。牛が、錠剤を飲むことが出来るのだろうかとは思ったので、おそらく、『牛用』と山階が言ったのは、冗談かなにかだったのだろう。そして、小さな、小瓶に入った、妖しげなルビー色をした液体。横に使い方の説明書があったが、読む気にはならなかった。
目の毒、とは思いつつ、胃薬を口の中に放り込んで、机に突っ伏す。
どうすれば良いのか、よく解らなかった。
仕事か、恋人か。
けれど、今回の場合は、なんとなく、それとも違うような気がする。
「どうすれば良いかな……」
溜息が、自然にこぼれる。大樹の事は好きだし、大樹の言うことなら、できるだけ、叶えたい。けれど、彼方自身、自分のキャリアの為になりそうな仕事ならば、それは、経験しておきたい。
(西園寺さんが、俺のことを好きだとか言うのは、結構、買いかぶりすぎだと思うんだよね……)
ならば、『仕事は受ける、西園寺とは接触をできるだけ避ける』が、答えではないだろうか。
「なんだ、それなら、出来るに決まって……」
明るい気分になって、たち上がった彼方の言葉が、途切れた。背後に、人の気配を感じたからだ。埃っぽい窓ガラスに、その人物が映っている。
「西園寺さんっ?」
思わず振り返ろうとしたが、出来なかった。後ろから、西園寺に抱きつかれたからだった。
「……なにが、『出来るに決まってる』んだ? 清浦」
耳元に、甘ったるい声が聞こえる。全身の肌が、粟立つ。
「ちょっ……離して下さいよっ!」
「……お前さ。今日、痴話げんかしてただろ。彼氏、俺の所に、牽制に来たぞ」
喉の奥を慣らして、くっくっ、と西園寺が笑う。
「彼氏って……」
「あっちは、素直にゲロったけどな。お前ら、付き合ってて、同棲もしてるんだろ……ん?」
西園寺の視線が、小瓶を捕らえたようだった。テーブルに彼方の身体を押しつけつつ、小瓶を手に取り、その傍らにあった、説明書きに気がついたようだった。
「……ローションタイプ、媚薬改(試作)、使用方法……へぇ? これ、媚薬なんだ。彼氏と使う予定だった?」
答えるつもりはなかったが、背後から、耳たぶを舐められて、背筋が嫌悪感に震える。
「……どれどれ……性交時に、直接、肛門に塗り込める……と」
そのまんまな使い方じゃないか、と思いつつ、抗議の声は上げられなかった。
背後から、西園寺の指が、口内に差し込まれたからだった。指は一本ではなかったのだろう、口を閉じることも出来なくてくぐもった声だけ漏れた。
「……こういうのってさ、大体マユツバじゃない? ……効くかどうか、試してみようか」
実に楽しそうな西園寺の声が聞こえて、くらくらした。冗談じゃない、と思いながらも、抵抗も出来ない。体格で負けるのに、前のめりに机に押しつけられているような状態だ。つまり、臀部は、西園寺のほうへ突き出した格好になっている……。
それに気がついた彼方は、暴れるが、西園寺は薄く笑っただけだった。
「……ここは、誰も来ないよ。……清浦はさ、ここで、あいつと、イヤらしいことをしてたの?」
ベルトの金具が外され、スラックスが膝の当たり前で下ろされる。下着姿が晒されてしまった。
「なんだ、もっと、エロい下着でも着てれば良いのに」
「っ……!」
「……清浦、結構、似合うんじゃない? エロい下着。……彼氏はリクエストしてこないの? 俺ならしちゃうけどなー」
さわさわと、臀部が撫でられて、背筋が跳ね上がる。
「感度良いんだ……じゃあ、本当に、この、媚薬とか使ったら……どうなっちゃうんだろうねぇ」
「っ……ぅっ、っっぅぅっ」
止めろ、と言いたいのに、声が出ない。
「……好きでもない男に、感じさせられて……おねだりするかもねぇ」
西園寺に囁かれて、頭を殴られたような衝撃を受けた。それだけは、絶対に、嫌だ……。けれど、快楽を与えられたら、その先……を、絶対に求めてしまう。それは、理解出来た。
(やだ、やだ、やだ、やだっ!!!!)
下着が下ろされて、臀部に、冷たいローション媚薬の感触がした。
粘度を帯びたそれが、入り口へ到達した時、彼方の背中が、ビクッと跳ねた。
(嫌だ……、助けて……大樹っ……!)
けれど、助けの声が、聞こえるはずもなかった。
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