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第4話
漕ぐ脚は止めずに前進してはいるものの、このペースでは花火までに寮に着かない。
この夏最後の花火はどこで見ることになるだろう。
山道の途中!?
ーーーあり得る。
僕の目線に縞模様の黒い蚊がとまり、シャツ越しに綿貫の血管を狙う。……ちょっとぉ! 勝手に血ィ吸わないでくれるぅ? これ、俺のだからぁ。ポイポイっと蚊を蹴散らした。
これじゃあヤブ蚊に献血するようなもんだ……
「さっきの虫除け貸せ。綿貫こそちゃんと付けとけ」
肩から首筋、届く所には吹き付け、ミストを手にとって、顎の下、頬までぐりぐりと塗りつけた。運動で上がった熱と、揮発した虫除け剤でむせそうになった。
後部の荷台から奴の腰に巻き付けた腕が、妙に納まりが良くて、そのまま体重を預ける。カーブを曲がるとき、身を寄せていた方が重心を移動しやすいのだと、ひと夏を過ぎて初めて気付いた。なあんだ、最初っからこうしていればよかった。
「綿貫、お前は自分の身体を無駄使いしすぎ。折角育てたのに、ヤブ蚊に吸わせるなよ、勿体無い」
「へ?……はい」
占有欲っていうのかな。くっついてくる蚊の野郎、むかつく。勝手に吸いつくな!
今だけ寮の連中の気持ちがちょっと判った気がする。
綿貫はどう見ても頑丈な男だけど、気弱な所を見せられた途端、ちょっと可愛くて、僕が守らないと駄目かも……って気がした。
ひとまず今夜は帰ったら、骨付き肉! で、風呂上りには先程の口から出まかせ“メンタル筋”を探してやろう。何しろ今夜は綿貫感謝祭だから、労 ってやるぞ!
海水浴場の防波堤から打ちあがる花火が、道を照らしては消える。
綿貫は自転車を止めなかった。
僕等はそのまま、いつもより明るい寮への道を登り続けた。
<大丈夫、豆腐の角に頭ぶつけてもホントに死んだりしないから。<第三回花火大会>おしまい>
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