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EPISODE2 恋人の弟

「あ、智彰(ちあき)だ」 「ん?」  そんなある日、千歳の弟と偶然街中で遭遇する。  まだ高校生なのだろう。学ランに身を包み大きなスポーツバックを背負っている。体格もいいし、きっと何スポーツをしているのかもしれない。  千歳にそっくりだけど、千歳を綺麗と表現すると弟はかっこいい。身長は千歳より高くて、兄弟そろって悔しいくらい整った顔立ちをしていた。  そいつは俺を見た瞬間、「また違う相手連れてんじゃん」と言いたげに明らかに嫌そうな顔をする。そんな顔を見て俺はイラっとする。  今までの相手と俺を一緒にすんじゃねぇよ……そんな弟を俺はつい睨み付けてしまった。 「あ、こいつ弟の智彰」 「こんにちは、智彰です」 「こんにちは、橘です」  人懐こい笑顔を向けてくる智彰と紹介された弟。兄と違って人懐こい笑顔を向けてくる智彰に拍子抜けしていまう。それを見て俺は思う……この子は、成宮と違って素直で真っすぐな性格なんだろうなって。  優しくて明るくて誰からも好かれて……いい奴を偽っている千歳とは違う。咄嗟にそう感じた。 「ま、けどないな……」  当時の俺は千歳にベタ惚れだったから、他の男なんて目ににも入らなかった……なんて一途を気取ってはみたけど、明らかに千歳に似ているくせに少しだけ毛色の違う弟が、正直に言う気にはなった。 「ほら、橘、行くぞ」 「あ、うん」  周りの目など気にしないと言うように、手を差し出してくる。そのあまりのオープンぶりに俺が恥ずかしくなってしまうのだ。 「ほら、早くホテル行くぞ。ずっとムラムラが止まらねぇ」 「あー、お前ってそういう奴だよな」 「うるせぇ。今はお前しか抱いてる相手がいないんだから、責任とれよな」 「そっか……わかった」  あんなに遊ぶのが派手だった千歳が、全てのセフレと別れて今は俺とだけ真剣に付き合ってくれている。  それが嬉しくて、心が擽ったくなるのだ。  あの綺麗な髪も、細くて長い指も、綺麗な肌も柔らかい唇も……全部俺だけのもの。こんな完璧な存在が、俺だけのものなんて……。  考えただけで身震いするほど興奮する。  指と指を絡めて体を寄せ合って。俺達は夜の街へと吸い込まれて行った。  そんな幸せな時間は永くは続かなかった。  学生という守られたカテゴリーから外れた瞬間から、俺達の関係は崩れ始める。  お互いが研修医として息をつく間もない程慌ただしい生活を送り、余裕なんてなくなってしまっていた。  疲れきって余裕のない者同士が顔を合わせれば、労り合うとか慰め合うなんて余裕など全然なく……いがみ合ってばかりになる。  常に2人の話す内容は仕事のことばかり。食事の時も、ベッドの中でまで仕事の話……次第に、プライベートと仕事の境界線はなくなっていった。  それに比例するように喧嘩は増え、俺達の間には冷たい隙間風が吹き抜けた。 「橘、別れよう」 「わかった」  本当は泣いてすがって「嫌だ」と泣き喚きたかった。  でも、俺のくだらないプライドがそれをさせてくれるはずなんてない。素直に身を引くことしかできなかった。  でももしかしたら、別れたことで俺の大切さに気付いてくれて、また迎えに来てくれるかもしれない……そんな淡い期待が心の奥底で燻っていた。  でもそんなのは、俺の未練が見せた幻でしかなかったんだけど……。

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