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EPISODE3 失恋

 千歳と別れてから、俺はすっかり腑抜けになってしまった。  食事も喉を通らないし、何をしても楽しくない。周りの世界は白黒に見えるし、雑踏さえ聞こえない。  ただ胸が痛くて苦しくて、なんとか呼吸だけをしていた。  そんなボーッとした頭で仕事をしていれば、絶対にミスは起きる。俺は最初で最後のミスをしでかしてしまったのだ。 「点滴のオーダーミスなんてありえない」  小児は大人と違い身体が小さいし華奢だ。誤薬なんて即命にかかわりかねない。  それなのに……。 「橘、何やってんだよ! 早く新しい指示出してフォローしなきゃだろ!?」  険しい顔をした千歳に肩をど突かれる。  何やってんだよ、なんてお前に言われたくない。  俺は、俺は……。 「はぁ……もういい。 俺が何とかするから、お前はもう帰れ」  大きな溜息をつきながら、千歳が頭をグシャグシャっと乱暴に撫でてくれる。  その大きくて温かな手に、もう一度だけ縋りつきたくなる衝動をグッと抑えた。 「わかった。後は頼む」  きっと、今の俺は何をしてもきっと足でまといにしかならないから。千歳に深々と頭を下げて、病棟を後にした。 「何やってんだ……」  自分が馬鹿すぎて涙が溢れ出しそうになる。  なんでだよ、なんで俺がこんな目に……。今まで恋愛なんてゲーム感覚だった。それでも相手に困ることなんてなかったし、いつも追いかけられてばかりで追いかけたことなんてなかった。  成績だっていつもトップ。みんな俺におべっかを使われてチヤホヤされて……こんな惨めな思いなんてしたことない。  だって、俺は大病院の院長の息子だ。  そんな俺をこんな扱いするなんて……。  拳をギュッと握って唇を噛み締める。  ううん。本当はそうじゃない。  半同棲だった俺達。千歳の部屋にはまだ俺の荷物がたくさんある。それを持ちに行くっていう理由をつけて、会いに行こうかずっと悩んでる。会ってしまえば、もう一度体を重ねてしまえば……あいつの心が帰ってくるんじゃないかって。  そんなことをグルグルグルグル考えてる。  素直に「会いたい」なんて言えないから……。  公園に着いてブランコに座り込む。いつも千歳と待ち合わせをした公園。昼間は賑やかなんだろうけど、夜になると誰もいなくて。なんだかいつも寂しかった。  早く、一秒でも早く千歳に会いたくて、ギュッと抱き締めたくて、キスしたくて……期待と不安で胸がはち切れそうだ。   ……でも、凄く幸せだった。  ポロッと涙が頬を伝う。今まで泣かないって頑張ってきたのに……その努力が水の泡だ。 「頑張ってきたのになぁ」  空を眺めれば頼りに三日月が浮かんでいる。俺の心みたいに痩せ細った月に笑えてくる。  「待たせてごめんな、橘」そう笑いながら駆け寄ってくる千歳に、もう一度会いたい。  失恋って、こんなにも辛いんだ……。

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