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EPISODE5 ファーストキス

「千歳……」 「……え ……ッ? ちょ……」  ツイッと背伸びをして目の前にある柔らかそうな唇に、自分の唇を押し当てる。  フワリと温かな感触に心がトクンと跳ね上がった。 「千歳……」  もう一度その甘い感触を堪能しようと、離れていった唇を追いかけようとした瞬間、トンッと肩を両手で押された。  ハッと我に返ると口を手で押さえ、真っ赤な顔をした智彰がいた。心なしか、体が小刻みに震えている。  たかがキスくらいでこんなに狼狽えるなんて……こいつ程見た目が良ければ、キスくらいなんてことないだろう? とそのオーバーリアクションにイライラしてしまう。いちいちうるさい奴だ……。こっちはあわよくば、その先までと下心丸出しだったのに。 「な、なんてことすんだよ……!?」 「はぁ? 何がだよ」 「ファ……だったのに……」 「だから! はっきり話してよ!」 「ファーストキスだったのにぃぃぃ!?」 「はぁぁぁぁ!?」  あ、ありえないだろ。こんなイケメンが高校生にもなって、キスもしたことがないなんて……。  お前の兄貴は下半身ユルユルだったぞ? 「せ、責任とれとか言わないよな!?」 「言わねぇよ。俺、ゲイとかはよくわかんねぇけど、可愛い人がタイプだもん。あんたみたいなキツいタイプは逆に苦手だ」 「あぁ?」 「目が真ん丸で華奢で……元気で明るくて、前向きで何にでも一生懸命で。純粋で優しい人がいい」 「悪かったな……汚れきってて」  あまりにも自分と真逆のタイプを挙げ連ねられてしまえば、何も言い返すことなんかできやしない。  それに、借りにも申し訳ないことをしてしまったことは事実だ。  そんな人がタイプならば、きっとファーストキスも大切にしてたんだろう。  俺はあまりの自分の愚かさに、俯くことしかできなかった。目の前がまた涙でユラユラと揺れる。  本当に、なんて馬鹿なんだろう。 「ったく、しょーがねぇな! ほら!」 「え?」 「今日だけは、兄貴の代わりをしてやるよ。ほら、手は?」  ぶっきらぼうにそう言いながら手を差し出してくる。 「ほら、早く」  急かすようにブンブンと目の前で振られたから、恐る恐るその手を握る。  あ、あったかい……。  厚い氷の上に、熱湯を垂らした時のように少しずつ心が溶けていくのを感じる。  あったかい……。  大きく息を吐いて目を閉じた。 「見かけによらず泣き虫なんだな?」 「はぁ? 悪かったな。お前の兄貴は本当にいい男だったんだよ」 「そっか……橘さんは案外一途なんだね。でもさ、そんだけ兄貴を想ってくれてありがとう」  にっこり笑うその顔に、千歳の面影はない。こいつ、こんなに優しく笑うんだ……って胸が熱くなった。  よかった……今日、お前に会えて。 「大人になって独り身だったら、俺が相手してやるよ」 「だーかーら、橘さんはタイプじゃないって!」 「まぁそう言うなって。気持ちいいことも教えてあげるよ」 「なッ!?」 「ふふっ。子供は可愛いなぁ」  顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせる智彰を見て、純粋に可愛いなって思う。  純粋で真っ直ぐで……俺には眩しいくらいだ。 「いい男になれよ。兄貴みたいに」  智彰の手をギュッと握ってそっと体を寄せる。  秋の夜風が、火照った体をそっと冷やしてくれるのが気持ちよかった。

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