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第5話

ブラックスーツのフロントボタンを締めたままの睦月さんは汗をかいてはいるが涼しい顔で立っている。 俺はワイシャツだけなのにそれを汗で張り付けているし、前髪も張り付いて、なんだか汚い。 それをグイッと腕で拭う。 「暑い?」 頷いた。 暑いから。 「そこの納屋、俺の避難所にしてんの。 行く?」 また頷いた。 だって、暑いから。 蝉も五月蝿い。 虫だって。 ただ、それだけの理由。 「行こうか」 携帯灰皿に煙草を押し付け消すと、こっちと案内される。 古い小屋。 納屋って物置となにが違うんだろう。 自分の貧相な知識では2つの違いが分からない。 いや、納屋が涼しいかも知らない。 知る経験もないそこへの興味だったのかもしれない。 なのに、素直に言葉に従い背中を追った。 「靴そのままで大丈夫だから」 「お邪魔します…」 古びた木造の扉は簡単に開いた。 もっとガタ付くと思っていたから呆気ない開閉。 それだけ大切に利用されているということでもあるのか。 先に入った背中に続き入室して驚いた。 中は絵の具のにおいでいっぱいだった。 想像した納屋ではなく、ほぼ部屋だ。 現にベッドや冷蔵庫、小さなシンクまで完備されている。 だけど広範囲を占めるのは絵を描く為の空間。 キャンバスにスケッチブック。 イーゼルに椅子。 机の上には沢山の筆や絵の具が転がっている。 よく分からないビンも沢山。 「俺の作業部屋。 格好良く言えばアトリエ。 兼用で生活してるの。 俺、画家してんだよ」 「画家…」 「ニートだと思った? そういう噂されてんのは知ってるよ。 穀潰しだっけ」 睦月は、どうってことのないように冷房を点けはじめた。 避難所って、あの空間から逃げる為の場所ではなくて、ちゃんと実用的な場所だ。 ガスコンロまである。 ゴミ袋には缶飲料やペットボトルが詰まって隅に追いやられていた。 確かな生活の様子に驚いてしまう。 「まぁ、ギリギリの生活してるのは本当だけど。 あ、でも、普通に暮らせるよ。 煙草も買える。 絵って上手ければ良いとか、個性的だから良いだとか、そういうのは購入者の好みだからね。 有り難いことに、俺の絵にも多生の需要はあるんだって。 けど、金は貯めてなんぼでしょ。 だから畑で野菜育てて食ってんの。 畑のトマトとか食って良いよ。 今年は豊作だから」 不躾に辺りをキョロキョロと見渡す。 キャンバスにスケッチブック。 絵の具の沢山のったボードに金属の皿みたいなのがくっ付いているのもある。 沢山の絵筆も、鉛筆も、すべてが見慣れずなにを見ても新鮮だ。 オイルと書かれた瓶は英語で他が読めない。 あっちに、こっちに、興味が散る。

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