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第二章③ ⚠︎
そんな生活が長いこと続いた。幸い誰に見つかることもなく、司はこそこそと鶫の庵に通い続けていた。
「聞いてや鶫くん! ぼくなぁ、えらい身長伸びたんや。一年で八センチやて! すごない?」
「……それは今しなきゃいけない話か」
只今、もちろん性行為の真っ最中である。
「うん! だって、してる間はお話できるやん? 終わったら早よ帰れって、鶫くんやかましいねん」
「……やかましいのはお前の方……」
「そや、鶫くんにお土産あるんやった。遅なったけど、新年のお祝いにな? お年玉遣うて買うたねん」
司は、赤い首輪を鶫に着けた。ベルトでサイズを調整する。
「鶫くん色白やさかい、赤が似合う思たんやけど、やっぱし似合うね! おそろいのリードも買うたから、着けたるね」
四つ足で這いつくばって首輪を着けた鶫の姿は、まさしく犬であった。司だけの飼い犬だ。司は嬉しくなって、リードの金具をちゃらちゃら鳴らした。
「……悪趣味なガキ」
「せっかくのプレゼントやのに。気に入らへん?」
「気に入るわけ――」
司がリードをぐいと引っ張ると、鶫は喉を反らして苦しそうに息を詰めた。リードを緩めると、苦しそうに咳をする。
「ええねええね、似合うてる。これ着けてお散歩してみたいなぁ。みんなに自慢したい」
「っ、くそ、少しは加減しろ」
「首絞まる? 鶫くん。絞められて、しんどいん?」
司は、緩急を付けてぐっぐとリードを引いた。鶫は顔を歪めて呻く。
「しんどいんやね。せやけど、こっちはなんやええ感じやで? 首絞めると、中も一緒にきゅんきゅん締まって……、なんかぼく、おかしゅうなりそうや」
司は、馬の手綱を引くように強くリードを引っ張った。鶫の白い喉に赤い首輪がきつく食い込む。鶫は犬みたいに舌を突き出して喘ぎ、喉を掻き毟って悶えた。その姿を見ているだけで、司の熱はどうしようもなく激しく燃え盛った。
「鶫くん……! 鶫くんっ、鶫くん!」
勢いよくリードを引いて鶫の首を絞め上げながら、司は激しく腰を打ち付けた。
「あぁっ、あっ、きもちええよぉ鶫くん! もっと締めてっ、ぎゅうってしてっ、ぼくの全部受け止めてぇやっ……っ!」
かつてないほど強烈なイキ方をした。頭がぼんやりして、身動きさえ取れない。これほどまでの快楽を味わったことはない。司は震える手で鶫の尻を掴んだ。
「……白いドロドロ!」
霞む視界が瞬く間に明瞭になる。縁が腫れて赤くなった穴から、白濁した粘液が零れていた。
初めて鶫の裸を見たあの夜、これと同じものがこうして溢れていた。あの時は劉哉や他の男達のそれだったが、今目の前にあるこれは、紛れもなく司自身から放たれたものだ。
「鶫くん! 鶫くん見て! ぼくも子種出るようなったで!」
鶫は小さく体を丸め、喉を押さえて激しく咳き込み、ゼエゼエと息を切らしている。胃液を吐いたらしく、枕元が濡れていた。
「鶫くん! 見てぇや!」
司は鶫の膝を掴んで持ち上げ、体を無理やり折り曲げた。こうすれば鶫の視点からでも穴から零れる白濁が見えると思ったのだが、鶫はまるで見ようともしない。顔を真っ赤にして、激しく喘ぐように咳をしている。
「鶫くぅん。ぼく、子種出るようになったで。大人やん? ……ってことは、いっぱい注いだげなあかんやん!」
「はっ、あ゛、やめ゛っ……!」
司は、鶫を串刺しにするように己を突き挿した。大きく開いた脚の上へ跨るようにして圧し掛かり、上から押し潰すようにして杭を打ち込んだ。粘液を掻き回す粘着いた水音、肌と肌のぶつかる乾いた音が交互に聞こえる。
「い゛っ、ぁ゛、ぅぐっ……!」
「鶫くん! いっぱいいっぱい注いだるから、ちゃんと全部飲んでな? パパが言うとったけど、ぼくの霊力は量も質も一級品やねんて! 中にいっぱい出したったら、鶫くんも人間に戻れるんやろ? ぼくの霊力ならきっとあっちゅーまや! ぼく、何回でもがんばるさかい! 鶫くんもがんばってや!」
押し殺した掠れ声ではなく、喉を傷めそうな濁った声で鶫は喘ぐ。
「あっ、あかん、もうあかん、また出てまう! でっ、出、でて……っ!」
司はぶるぶると腰を震わせた。しかし休憩も束の間、再び腰を振りたくる。
「鶫くんっ、ぼくの子種で人間になれたら、その顔の怪我もきっと治るで! ザコにやられたなんて、恥ずかしゅうて外歩かれへんもんね! ぼくの霊力で治したるからな!」
「ぅ゛、っい゛ぃ……やだっ、やだぁ……」
「そないしたら、な? 人間にしたったら……! 鶫くん、ぼくのもんになってぇや! 約束! な? ええやろ? ええて言うてよ!」
「やっ、ぁ゛……やめ、……い゛、やっ……!」
「ぼくにしかできひんことやねん! この家で、ぼくが一番、優秀なんや……っ!」
しかし、鶫は決して答えてはくれなかった。司が何度、霊力の塊たる生命の素を注ぎ込んでも、鶫はきつく歯を食い縛り、端整な顔を醜く歪めるばかりだった。
*
夜の間に雪が降り積もった。外は一面の銀世界だ。司は寝巻の上へ半纏を羽織り、庭へ飛び出した。
まだ誰も足を踏み入れていない、真っ新な雪原を踏み荒らして、たくさんの足跡を残す。清浄な朝日に照らされて、ダイヤモンドを散りばめたようにキラキラ光った。
枯柳の下に幽霊を見た。透けるような白帷子が雪景色に溶け込む。両手は後ろ手に縛られて、剥き出しの足に足枷が、首には首枷が填められて、物々しい鉄の鎖で繋がれていた。
「つぐ――」
「司坊ちゃん!」
女中が大声で叫び、駆け寄ってきた。
「いけません坊ちゃん、あのようなものを見ては。呪われますよ」
「はぁ? 何言うてんねん。ありゃただの鶫く――」
「ああ、お可哀想な坊ちゃん。あれは醜いけだものです」
「鶫くんがけだものなんはいつものことやんか。今度は何したん? なんでお仕置きされてるん? それとも誰かの八つ当たり?」
揶揄いに行こうとする司を、女中は執拗に引き止める。
「いけません坊ちゃん。お部屋にお戻りください。あのようなものに近付いては、坊ちゃんの魂が穢されます」
「あ~? やかましなぁ。あっち行っとって!」
司は式神を放った。女が怯んだ隙に一目散に駆け出して、柳の根元を覗きに行く。
「鶫くーん。まぁた劉哉くん怒らせたん?」
「……」
「こりゃまたえらい気合の入った躾やね。霊符貼ったあるやん。ぼくが頼んで外さしたろうか?」
「……」
「鶫くーん。聞いてるん?」
「……」
鶫は何も言わない。ぐったりと項垂れて、屍のようにぴくりともしない。乱れた前髪の下に、昏い瞳が僅かに覗いた。それは底なしの深淵。昏く凍て付く闇だった。
「しかしあの犬畜生……」
鶫は答えてくれないが、その代わりにひそひそ声の噂話が聞こえてきた。さっき放った式神が、屋敷中の噂話を拾い集めているらしい。
「あの犬野郎、司様に手を出したらしいぞ」
「犬の分際でなんと畏れ多いことを」
「司様がお優しいからと卑劣な」
「やはり畜生は畜生か。身も心もけだものだな」
噂を聞いて一番驚いているのは、当の司本人である。鶫に手を出された記憶はない。司が手を出したことならいくらでもあるが。
「司様は、あのお歳で精通がいらしたとか」
「なんと! 梔子家も安泰ですな」
「しかし、その最初の相手があの犬畜生だったそうだ」
「泣きながら当主様へご報告にいらしたとか」
「ああ、お可哀想な司様! さぞ恐ろしかったことでしょう」
「畜生に貞操を奪われるなんて、考えただけで寒気がするわ」
司本人は忘れているが、精通した時の状況をぽろっと洩らしてしまったのは事実である。
「罰として獄門へ入れられたと聞いたが」
「それが、宝物殿へ忍び込んで霊具を盗んだとかで」
「まぁなんと畏れ多いこと! 犬の分際で」
「今は寒空の下に晒されているとか」
「さっき行って見てきたが、竹刀で叩き放題だったぞ」
「その程度の罰で許してくださるとは、当主様もお心が広い」
「我らでしっかり躾け直してやらねばな」
「身分の違いというやつをよくよく弁えさせなければ」
ふと見れば、血の付いた竹刀が転がっている。その周囲だけ雪が溶けている。司はそれを手に取ろうとした。
「司坊ちゃん!」
追い払ったはずの女中がしつこく追いかけてきた。
「坊ちゃん! 坊ちゃんお部屋に戻りましょう」
「いやや! ぼくも鶫くん叩く!」
「いけません坊ちゃん。このような穢らわしいものに触れては」
「だって、ぼくのもんや! ぼくのわんちゃんやのに!」
「いけません坊ちゃん。おやめください……!」
司は、女中の手を振り払って鶫に駆け寄ろうとした。が、いきなり足が宙に浮いた。いくら司が子供とはいえ、女ごときの細腕で小学生男児を持ち上げられるはずはない。
「りゅ、劉哉くん」
「劉哉様……!」
「司ぁ、お手伝いさん困らしたらあかんで」
劉哉は司を抱きかかえて踵を返した。
「いやや! 戻って! ぼくの鶫くんや!」
「わがまま言うなや。そもそもオマエのもんちゃうし」
「ぼくのやもん! ぼくの……!」
「お可哀想な坊ちゃん。いつまでもあれに囚われていてはいけませんよ。あれには二度と近付かないようにと、当主様からのお達しです」
「なんで? なんでそないひどいこと……鶫くん! 鶫くんっ!」
司は、どうにかして這い出ようと劉哉の腕の中で藻掻いたが、結局、司が鶫の姿を見たのはこれが最後になった。
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