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第三章① ⚠︎ 夏祭りの思い出

 仕事の帰り道、縁日に出くわした。風間は迂回して通り過ぎるつもりでいたが、鶫が遠目に屋台を眺めていることに気が付いた。   「夕飯買ってくか」 「ああ、いいんじゃねぇの」  鶫はぶっきらぼうに答えた。  物欲しそうに見ていたわりに鶫はあまり楽しそうではなく、夕飯になりそうなものだけを適当に買って帰った。    *   「おい、しゃぶらせろ」    ソファで寛ぐ風間に鶫が迫る。   「何言ってんだよ。食ったばっかだろ」 「そんなの関係あるか?」 「せめて一服させろ」 「勝手に吸ってろよ」    鶫はいつにも増して性急に事に及んだ。ガチャガチャとベルトを外して前を緩める。   「勃ってんじゃん」 「そりゃあな。期待するだろ」 「ふーん。すけべじじい」 「お前なぁ~」    風間がぐりぐりと頭を小突くと、鶫は「いてーよ」と笑う。   「お前やたらうまいからな。チンポが勝手に喜んでんだよ」 「へへ。もっと褒めてくれていいぜ」 「褒める、っつーか……」    鶫は迎え舌でペニスを銜える。熱く火照った滑らかな舌が、ねっとりとカリに絡み付く。   「……やっぱうまいな」 「ぅへへ、そーらろ?」 「しゃぶりながら喋んなよ」    風間は鶫の頭を撫でる。額にかかる前髪を梳く。瞼に触れ、左目に残る傷を撫でる。鶫はくすぐったそうに目を細める。  せっかくの美人に傷なんてもったいない、と以前は思っていた。しかし今は、この傷も鶫を構成する大切な一部だ、なんておかしなことを思っている。  まろやかな頬を撫で、絶賛お仕事中の唇に触れると、鶫は露骨に邪魔そうな顔をした。むっとして風間を見上げる。   「悪い悪い。続けてくれ」 「きもひくねーのかよ?」 「さぁな」 「よゆーこきやがって」    風間がどう感じているかなんて、それを口に入れている鶫に分からないはずはないのに。鶫は一層熱心に舌を遣う。   「……お前、本当によかったのか?」 「ん?」 「縁日、行きたかったんじゃねぇの」 「あー……」 「マジで夕飯だけ買って帰ってきたからな。甘いもんとか、ゲームとか、他にも色々あっただろ?」 「……別に、行きたかったわけじゃねぇ」 「そんな風でもなかったけどな」 「思い出してたんだ。初めてああいう祭りに行った時のこと」    ***    初めて屋敷の外に出た。街へ下りると、そこはまるで別世界だった。人と物に溢れて、乗り物が行き交って、大衆の喧騒と雑踏にまみれて、目まぐるしく周囲の環境が変化する。鶫は目眩を起こした。気が遠くなりそうだった。   「おっと、危ないよ」    壮齢の男が、よろめいた鶫の肩を抱く。背が高く、口髭を生やした、ハイカラな洋装の似合う紳士だった。  彼が、鶫を屋敷から連れ出した。名前も知らないし、顔も覚えていないが、今にして思えば政財界の大物だったに違いない。   「大丈夫かい? 外は危ないからね。私と手を繋いでおこう」 「……」    彼の手は、大人の男らしく大きくてゴツゴツしていた。皮膚が分厚くて硬く、温かくて湿っていた。これが“ひと”の手か、と鶫は思った。   「鶫くん。今日は何でもわがままを言っていいんだよ。どこにでも連れていってあげるし、好きなものも何でも買ってあげようね」 「……」 「外は初めてって聞いたけど、やっぱり緊張してるかな?」 「……」    暴力を振るわない。罵詈雑言を浴びせない。鶫を気遣い手を繋ぐ。これら全て、鶫が初めて経験することだった。  こういう時、どう振る舞えばいいのか分からなかった。屋敷では声を発するなと躾けられていた。痛くても苦しくても、呻き声一つ上げるなと。耳障りだと。目障りだと。鶫の方から誰かに話しかけるなんてもってのほかで、殴られるだけで済めばいい方だった。   「鶫くん。どうかな? このお洋服」    路面店のショウウィンドウの前で、男は足を止めた。透明なガラスケースの中には、煌びやかな衣装を纏ったマネキンが数体並んでいた。初めて触れた世界の、初めて触れる煌めきに、鶫は目を瞬かせた。   「気に入ってくれたかな? 街で袴は目立つからね」    鶫は初めて洋服を着た。裾がひらひらして、股の辺りがすうすうするが、こういうものなのだろうと納得した。男が鶫に選んでくれたのは、白いレースをあしらったワンピースだった。   「かわいいね。想像以上に似合っているよ」 「……」 「せっかくだからお帽子も買おうか。今日の日差しは厳しいからね」 「……ぁ……」 「ん? どうしたのかな? お腹空いたかい?」 「ぁ……ぁり、あ……ぁ、あり、がと……ございます……」    鶫はどぎまぎしながら、渇いた喉から無理やり声を絞り出した。  急に顔が熱くなった。冷房の効いた店内にいるのに、全身が汗で湿り気を帯びた。せっかく買ってもらった洋服を汚してしまったらどうしよう、とそれだけが心配だった。   「鶫くん……」 「ぁ、ご、ごめ、なさ……」 「いいんだよ。私の方こそありがとう。喜んでくれて嬉しいよ」    男は柔和に笑った。   「そんなに緊張しなくていいんだよ。私はね、君に何でもしてあげたいんだ。ただそれだけなんだから」 「……」    ドクンドクンと胸が騒ぐ。心臓が爆発しそうだ。顔が火照って汗が引かない。鶫は本気で自分の体を心配した。  男は鶫に洋服を一式買い与えた。帽子からサンダル、バッグに至るまで全てだ。白を基調とし、青を差し色にしたコーディネートだった。全て男が選んだものだった。  男は鶫を喫茶店に連れていき、オムライスとメロンソーダをごちそうしてくれた。初めて知るケチャップの甘酸っぱさも、初めて見る透き通った青のシュワシュワも、鶫にとっては鮮烈な思い出として記憶に刻まれた。  玩具店では大きなテディベアを買ってくれた。ふわふわの毛は雪のように真っ白で、首に巻かれたリボンは鮮やかな青色だった。初めての宝物ができたように感じた。鶫はテディベアを大切に抱っこして、肌身離さず持ち歩いた。    夕暮れの迫る街の中で、鶫は笛の音を聞いた。耳を澄まして音の方向を振り返れば、神社の前の通りで縁日が開かれていた。赤い提灯が夜風に揺れて、仄かな影を落とす。宵闇に沈む街を、淡く照らし出していた。  鶫は、繋いでいた男の手を握りしめた。   「どうしたんだい? 疲れちゃったかな?」 「あ……あ、あの……」    鶫は、テディベアを抱きしめて声を振り絞る。   「あの、あ……お、おまつり、に……」    震える指で、神社の方角を示した。男は、「ああ」と得心のいった顔をした。   「お祭りか。いいね。行こうか」 「……!」    鶫はぱっと顔を輝かせた。初めて自分から男に話しかけて、初めてわがままを言ってしまった。それでも男は嫌な顔一つせず、鶫の言葉を聞いてくれた。それだけで、鶫は自分が人間として認められたように感じた。   「夏祭りというのは賑やかでいいねぇ。子供達も楽しそうだ。鶫くん、欲しいものがあったら遠慮せず言っていいんだよ。ほら、このべっ甲飴なんてどうだい?」    透き通る宝石のような黄金の飴を買ってくれた。恐る恐る一口舐めてみると、舌が溶けるくらい甘かった。   「お面はどうかな? これなんて君に似合いそうじゃないか」    白狐の面を買ってくれ、鶫に被せてくれた。   「思った通り、似合っているよ。かわいいね、鶫くん」 「ぅ……ぁ、あり……あ、ありがとう、ございます……」 「照れているのかな? 顔が真っ赤じゃないか」    男は朗らかに笑った。    *    運転手付きの黒塗りのセダンで連れていかれた先は、男の別宅であった。鶫は、今夜家へ帰らずに済むことに安堵し、男と長くいられることを純粋に嬉しいと思った。  広い屋敷だった。庭園も玄関ホールも階段も、全て立派なものだった。しかし、鶫がそれらを目にしたのは、ごく僅かな時間だけだった。   「それじゃあ、いいかな」    サンダルも脱がないまま、鶫は寝室のベッドにいた。   「大丈夫だよ。私は優しいんだ。ほら、スカートを捲ってごらん」 「……」 「鶫くん」 「……」    鶫は、震える手でワンピースの裾を握りしめる。レースの質感を指先に感じながら、おずおずとたくし上げた。   「もっとだ。もっとちゃんと見せてごらん」 「……」 「そうそう。偉いね。賢い子は好きだよ」    股だけでなく、腹の方まですうすうする。隙間風が吹き抜ける。あんなに熱かった心臓が、夢から醒めたみたいに冷えきっていた。   「っ……!」 「ふふ、緊張してるのかな。大丈夫だよ。かわいいねぇ」    男が、スカートの中に頭を突っ込んだ。生温く湿った息が吹きかかる。   「見た目はかわいい女の子なのに、ここはちゃんと男の子だね。小さくてかわいいよ」    レースのパンティ越しに甘噛みされた。ピク、と体が引き攣る。   「こんなに小さくても、ちゃんと勃つんだ。えらいね」 「っ……」 「でも、ちょっと窮屈かな?」    男は何の躊躇もなく、今日鶫に買ってくれたばかりのパンティをびりびりに引き裂いた。「ひっ」と鶫は掠れた悲鳴を上げた。   「ああ……白いねぇ、小さいねぇ、綺麗だねぇ……」 「……っ」    男は、鶫のそれをぱくりと口に含んだ。飴玉のようにころころ転がす。   「はぁぁ……柔らかくて、すべすべで……甘美だ……。男の子の体ほど素晴らしいものはないよ……」    男は鼻息を荒くしながら鶫の体を弄る。太腿を熱心に摩り、腰骨からウエストを辿り、薄い腹を伝ってキャミソールをたくし上げ、平坦な胸を撫で回す。ナメクジが全身を這いずり回るようだった。   「ああ、ああ、男の子の体だ……。滑らかな……凹凸のない……実に美しい……」    男はうっとりと溜め息を漏らし、鶫をベッドに押し倒した。膝や太腿、脚の付け根を撫で回しながら、大きく開かせた股の中心に顔を埋める。   「あっ……!?」    思わず声が漏れた。鶫は咄嗟に口を押さえる。殴られると思い身構えた。   「ここをされるのは初めてだろう? うれしいね。私が君の初めての男になれるなんて。夢のようだよ」    何をされているのか、男が何を言っているのか、鶫には分からなかった。唯一分かるのは、男が顔の下半分を鶫の尻に埋もれさせ、穴を舐めているということだけだった。  鶫が蒼褪めた顔で見ていることに気付くと、男は目尻を弓なりに和らげて、下劣な微笑みを浮かべた。   「ひっ……!」    鶫は喉を引き攣らせた。ぐっしょりと湿った男の舌が、穴の内側に潜り込む。ちゅぽちゅぽと音を立てて、繊細な粘膜をベロベロ舐め回される。  この意味不明な状況に、鶫はただただ怯えた。枕元に転がっていたテディベアを掴み、ぎゅっと胸に抱きしめた。   「気に入ってくれたんだね。うれしいよ」 「っ……」 「しかし狭い穴だねぇ……。私のを挿れたら、裂けてしまうかもしれないね」    入れたら、裂ける。言葉の意味は分からなかった。しかし、鶫の頭は恐怖によって冴え渡っていた。男がズボンを下ろし、下着を脱いだ瞬間、鶫はこれから起こる全てを理解した。   「ゃ……やだっ!」 「鶫くん?」 「いやっ! こないで!」    迫りくる男を、鶫は決死の覚悟で蹴り飛ばした。急いでベッドを飛び降り、ドアノブに手をかける――  直前で男に捕まった。後頭部を掴まれて、強かに叩き付けられた。鼻血が噴き出た。鶫はうずくまって悶絶した。   「鶫くん。どうして急に反抗するのかな? これからって時に」 「ぅぐ、……っご、ごめ……」 「分かってくれればいいんだけれどね。大人しくできるって約束できるかな?」 「ごめ、なさ……ごっ、なさ……」 「お約束できないなら、もっと痛くしなきゃいけないなぁ。痛いの嫌だよね?」 「ぅ、う……」 「お利口さんにできたら、うんと優しくしてあげるよ? できるよね?」    鶫は必死に頷いた。頭がぐらぐらして、声が遠い。   「いい子だね。逃げようなんて、二度と考えちゃあいけないよ? そもそもね、こんなところからどうやって逃げ出そうっていうんだい」    男は、鶫の襟首を掴んで引きずって、ベッドに放り投げた。スプリングの効いたマットレスは、鶫の体を優しく受け止めてくれる。   「それじゃあ、いいね」 「……っ……」 「いただきます」    男の黒い影が、鶫を覆い隠す。

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