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第三章② ⚠︎

「っはぁ……やっぱりキツいね。キツキツだ」    男の凶器が、鶫の未通の穴に収まっていた。とはいえ、とても全部は入りきらない。付け根の方は数センチ残して、それでも、鶫の腹は内側からぶち破られそうだった。   「ぃ゛ぎっ……ぐ、ぅ゛う……っ」 「キツキツで気持ちいいね。鶫くん。君は最高だよ」    男が腰を動かすと、裂けた粘膜が擦れて激痛が走る。鶫はテディベアを抱きしめて呻き、密かに涙を流した。接合部から血が流れると、男は嬉しそうに目尻を緩める。   「破瓜だね。おめでとう。処女というのは聖なるものだ。この芳しさに敵うものなど、この世には存在しえないんだよ」    男の言葉は意味が分からない。この館へ来てからずっとだ。どうしてこうなったのだろう。あんなに優しかったのに。鶫とまともに口を利いてくれたのに。信頼を裏切られ、どぶに捨てられて、鶫は絶望の淵にいた。わんわん声を上げて泣きたかった。   「かわいそうにねぇ。痛いかい? この痛みも処女の証なんだよ。すぐに気持ちよくなるから、ちょっとだけ我慢しないとね」    男は鶫の顎を掴むと、ぶちゅっと口づけた。男の大きな口が、鶫の鼻まですっぽり覆う。粘着いた分厚い舌がねじ込まれ、鶫の繊細な口の中を蹂躙する。年齢と共に熟成された脂ぎった口臭に溺れて、鶫は窒息しそうだった。   「鶫くんは口まで小さくてかわいいね。私の舌でいっぱいになっちゃって。ああ、下のお口も私のでいっぱいだね。そんなに好きかい?」 「や゛、ぐっ……ぃ゛、い゛……っ」 「ああ、私も好きだよ。君の体は特別にいい。こんなにも胸が躍るのは初めてだよっ……!」    鶫は驚きに目を剥いた。テディベアを強く強く抱きしめる。形が変わってしまうほどに。  びしゃっ、と液体が弾けた。尻の中に、正体不明の液体が放たれた。男はぶるりと体を震わせ、凶器はどくどく脈打っている。   「はぁ……はは、ごめんね。ちょっと早かったかね。鶫くんの体がよすぎてね……。いやなに、ちょいと舐めてもらえれば、すぐに復活するよ。ほら、こっちへおいで」    男は鶫の体を起こした。そして、股間のものを舐めろと迫る。たった今まで鶫の尻で暴れ回っていたブツそのものだ。   「ほら、鶫くん。ペロペロしてごらん。君の口で勃たせるんだ」 「……」 「できるね? 飴を舐めたようにやるんだよ」 「……」    飴。黄金色に輝くべっ甲飴。あの甘さを思い出し、鶫は目を瞑った。   「うっ……!」    飴とは程遠い味がした。味と呼んでいいものかどうか分からない。舌を刺す痺れ、生ゴミのような腐敗臭、ネトネトと糸を引く食感、薄気味悪い生温かさ。とても口に入れられるものではないと本能が叫んでいる。   「鶫くん。どうしたのかな? ちゃんと舐めてごらん」 「う……」    鶫は懸命に飴の甘さを思い浮かべる。黄金色のべっ甲飴。濃い紅色のりんご飴。いちご飴やぶどう飴、あんず飴なんてものもあった。他には何があっただろう。急いで思い出さなくては。一度思考が途切れると、生ゴミの味が口いっぱいに広がる。   「う゛……」 「ペロペロ舐めて、かわいいね。そんなにおいしいかい? 飴とどっちがおいしいかな?」    閉じた瞼から涙が零れる。鼻水もだ。けれど、そうしていると味も何も分からなくなるから、鶫にとっては都合がよかった。   「ペロペロもかわいいけど……それだけじゃ全然足りないよ、鶫くん」    男はいきなり鶫の頭を掴んだ。生ゴミの塊が喉の奥までねじ込まれる。鶫の視界は、ブレーカーが落ちたように真っ黒になった。   「そうそう、ちゃんと銜えて。下の方までね。といっても、鶫くんのお口には入らないかな」 「ぅ゛っ、……ぉ゛、ぇ゛……」 「おやおや、ちょっと強くしすぎたかな」    思考とは裏腹に、生理的反応が起きた。男の股間は鶫の吐瀉物にまみれた。ぐわんぐわん揺れる視界の中で、鶫は咄嗟に防御の姿勢を取った。   「はは、いいんだいいんだ。初めてなら仕方がないさ。これからゆっくり覚えていけばいい。私が優しく教えてあげるからね」    男はおぞましい笑みを浮かべて鶫に迫る。   「それにねぇ、約束通り、ちゃあんと勃たせられたじゃないか。えらい子にはごほうびをあげなくっちゃあね。私は優しいんだ」    男は、鶫の片方の脚を持ち上げて抱え、もう一方の脚に馬乗りになって押さえ込み、一息に挿入した。   「いぃ゛っ!?」    乾き始めていた傷口が再び裂け、濁流のように血が溢れた。息ができず、鶫は溺れかけの金魚のようにだらしなく口を開けた。男は容赦なく腰を振りたくる。   「うっ、い゛、あっ、ぁ゛」 「はぁ、ああ、気持ちいいね、鶫くん。君の中、濡れてきているよ。ほら、音聞こえるかい?」 「や゛、っは、ぁ、あ゛っ」 「ああ、そうだね。お靴は脱ぎ脱ぎしないとねぇ」    男は鶫を突き上げながら、レースアップのサンダルを脱がした。丁寧に結び目を解き、足首に食い込む靴紐を一本一本取り除く。  ぼとり、とサンダルが床に落ちた。長い間きつく縛り上げられていたから、足が痺れていた。赤い跡がくっきりと残った。   「ふぅ……鶫くんは足までかわいいね。小さくて、白くて、すべすべで……」    男の舌が鶫のつま先を捉える。ビクッ、と鶫は体を強張らせた。   「ふふ、くすぐったいかい? 一日分の汗の味がするね」 「ぅぅ゛……、も、やっ……」 「甘くていい匂いだ……しょっぱくておいしいよ。鶫くんの味だ」    男は鶫の足の指をしゃぶった。ぱっくりと口に銜えて、指と指の間をなぞる。つま先が、男の脂ぎった唾液でびしょびしょになった。   「舐められるの気持ちいいかい? ナカがすごく締まるね。素直でかわいい……ああ、もう我慢の限界だよ」    傷が開くのも血が流れるのもお構いなしに、男は激しく腰を打ち付けた。鶫はテディベアに取り縋る。ふわふわの優しい感触と温もりが、一時的にでも痛みを和らげる。苦痛の声を押し殺す。   「ああ、鶫くんっ、気持ちいいよ……ッ、君は本当にかわいいっ、いい子だっ、かわいいよ……ッ、愛している、好きだよ、君を……君は、世界一素敵な男の子だ……ッ!」    男は感極まったように吼え、射精した。射精しながら、鶫のワンピースをびりびりに引き裂いた。「ひっ」と鶫は喉を引き攣らせた。  白いレースのワンピース。鶫が初めて自分のために買ってもらった衣類だった。それが、他でもない目の前の男に、まるでつまらない紙切れのように破り捨てられている。  ワンピースの下に着ていた水色のキャミソールもまた、ズタズタに引き裂かれ、ボロボロに引き千切られて、無意味な布切れと化していく。  鶫はがたがた震えながら、テディベアを抱きしめようとした。しかし、一呼吸早く男の拳が振り下ろされた。その手には、銀に閃くナイフが握られていた。はらわたを真っ直ぐに切り裂いた。   「だ、め……っ」    鶫のか細い悲鳴は、男の耳には届かない。  男は狂気を孕んだ笑みを浮かべ、何度も何度もナイフを突き刺した。ナイフを突き刺しながら、何度も何度も射精した。   「ゃ、だめ……いや……いや……」    テディベアは、見るも無残な姿になった。内臓が飛び出し、脳みそがはみ出て、目玉が抉れ、首がもげ。最期はただ、真っ白な綿が散らばっているだけの状態と朽ちた。  鶫はもう怖くて怖くて仕方なくて、しかし唯一縋り付ける対象だったぬいぐるみもいなくなって、ただただ一人ぼっちで震えながら、悲鳴さえ上げられず、涙さえ呑んで、この恐怖と痛みを耐え忍ぶしかなかった。       凶宴は朝まで続いた。隅々まで体を洗われ、昨日着ていた袴を着させられて、鶫は梔子の屋敷に送り届けられた。  正門まで父親が迎えに来た。後部座席に乗ったままの男と何やら話をし、分厚い封筒を受け取って、こそこそと懐に仕舞った。   「ようやった」    男を見送って、父親は一言鶫に告げた。父親に褒められたのは、後にも先にもこの時だけだった。胸の奥に暖かい光の灯る心地がして、昨日の出来事がひどく価値あるものに思えた。    ***   「ま、その後三日くらい寝込んだし、一週間はケツが痛すぎてクソもできなかったけどな」    鶫はあっけらかんと笑った。  風間と鶫は裸でベッドに入っていた。以前のシングルベッドを壊したので、新しくダブルベッドを購入した。   「お前なぁ、そんな他人事みてぇに」    風間は、吸いさしの煙草を灰皿に押し付けた。ベッドサイドの棚に置かれたガラスの灰皿は、既に大量の吸殻に埋もれていた。   「実際他人事みてぇなもんなんだよ。あの頃の自分と、今の俺。別人みたいだろ?」 「そうか?」 「今なら、黙ってタダでヤられるなんてヘマしねぇ。痛かったら殺すし、ムカついても殺す。チンポ臭かったら即噛み千切る。顎の力には自信あんだ」 「そりゃ、今ならそうだろうけどよ……」    子供だから抵抗できずにヤられちまったんだろ、と思って風間はやるせなくなった。   「……そういや、そのジジイ」    風間はふと思いついて言った。言葉の先を汲んで、鶫は首を振った。   「別に、気ぃ遣わなくていいぜ」 「違ぇよ。そのジジイ、たぶん殺したぜ」    鶫はきょとんと目を丸くし、それから声を上げて笑った。   「マジで!? ウケんな」 「二、三年前かな。政界の黒幕とか言われてるジジイだったんだが、そいつも確か児童買春が趣味だったんだよ。依頼が来たのは別件だったけどな」 「へぇ、見てみたかったな。おっさんの鮮やかな剣捌き」 「剣じゃねぇよ。ビルの屋上から眉間撃ち抜いたんだ。こっちのが鮮やかだろ?」 「俺はナイフぶっ刺してやりてぇな。めった刺しにしてやんだ」 「楽しみを取っちまって悪かったな」 「別にいいぜ、どうせ死んでんなら。おっさんが殺ってくれたんだろ」    鶫は赤い舌を覗かせ、茶目っ気たっぷりに笑った。   「なぁ、明日また行ってみないか」    風間が提案すると、鶫は露骨に嫌そうな顔をする。表情がころころ変わっておもしろい、と風間は微笑ましく思った。   「あんた、俺の話聞いてたか? 思い出しちまって嫌なんだよ。べっ甲飴見っと精子の味がすんだぞ」 「だからこそだろ。いつまでもそんなんじゃ、後々お前も困るんじゃないか? 祭り囃子に紛れて暗殺しなきゃいけなくなることが、いつかあるかもしれないだろ」 「んなことあるかぁ?」 「本来祭りってのは楽しいもんなんだぜ。一回楽しいのを経験しとけば、上書きされんだろ」 「む……」    鶫は、不服そうに口をへの字に曲げたかと思えば、突然風間に馬乗りになった。風間は大慌てで煙草を消す。   「何してんだよ、危ねぇな」 「うっせ。ヤんぞ」 「またかよ!? 散々やったろうが」 「文句あんのか? 上書きしてくれるっつったろ」 「別にそういう意味で言ったわけじゃ……」    行為の余韻で十分に解れているそこは、難なく風間を呑み込んだ。

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