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第八章② ♡

 鶫は浮気をしていない。いや、客観的事実に即して言えば、している。風間以外の男と肉体関係を持ったのは、紛れもない事実である。しかも複数回。  しかし、風間の言うようなことは一切ない。つまり、おっさんのことが嫌いになったとか、飽きたとか、セックスに満足していないとか、そういったことは断じてない。仮初に通じた男と恋愛関係にあったわけではない。そこに感情は微塵もない。  悪気があったわけでもない。風間を怒らせたり、悲しませたりしたかったわけではない。この程度のことで、まさかここまで風間が感情を剥き出しにするなんて、まるで思っていなかった。  正直、悪いことをしたとは思っていない。風間がどうしてそんなに怒るのか、鶫にはよく理解できない。しかし、風間が相当鶫に執着していて、独占したいと思っていて、捨てられることに恐怖しているということは、風間の態度から大いに推察できた。  恐ろしいまでの執着と独占欲に殺されかけて、鶫は歓喜に打ち震えた。自分でも知らなかった優越感と独占欲が満たされていくのを感じた。  風間にとって自分がそれほど大きな存在になっていたなんて、鶫は知らなかった。人間が人間に対して抱く真っ当な感情をぶつけられるのがこんなに気持ちいいなんて、知らなかった。   「あんなやつのためにケツとろとろにしやがって、この……」    乱暴に指を突き立てられ掻き混ぜられて、僅かに引き攣るその痛みにさえ感じてしまう。乱暴にされるのも、たまにはいい。もちろん風間限定であるが。   「は、ビッチで悪かったな」 「てめぇは……」    あえて煽るようなことを口走ってしまう。風間は額に青筋を浮かべた。   「あっ!? おい、そこは――」 「ここ弱いだろ」 「やっ、だめ……! だめだっ、そこは……っ、いっちまうからぁっ!」    風間の指は鶫の弱点を知り尽くしている。というより、鶫の体が風間の指を覚えている。風間の与えてくれる快楽を覚えている。たとえ誰に抱かれていたって、思い出すのは風間のことだった。おっさんならもっとよくしてくれるのに、とそればかりを思っていた。   「やっっ、だめだめ、いくから! いくっ、いっっ――ぅ……?」    絶頂寸前で、風間の指先が離れた。イカせてもらえなかった、ということを理解するのに時間がかかった。  当然与えられるはずの快楽を期待して、鶫の体は打ち上げられた魚のようにビクビク跳ねた。次に来るはずの刺激を求めて、前立腺がビクビク痙攣した。しかし、これ以上を与えられることはない。   「んンっ! あっ、も、またかよっ……!」 「好きだろ、ここ」 「ひっ、あァ……いくっ、いくって、もっ、いく、ぃ……」    またもや果たせなかった。絶頂寸前の、限界まで締まった穴から、風間の男らしく節くれ立った指が呆気なく抜けていく。切なさに胎が疼いた。   「……くそっ!」 「そんな態度でいいのか?」 「んだよ、も……イカせろって」 「お前が反省できたらな」 「反省って……」 「それすら分からねぇのかよ」    静かな怒りを孕んだ重低音にぞくぞくする。大分追い詰められていてそれどころではないはずなのに、体は貪欲である。  風間は、鶫の両膝を掴んで大きく脚を開かせて、股間に顔を近付けた。  だらしなく涎を垂らしながら刺激を待ちわびている性器を、熱い舌が掠める。もどかしくて鶫は腰を揺すったが、華麗に無視される。いたずらな舌は、期待に張り詰めた会陰を伝い、はしたなく収縮する花の蜜を舐め取った。   「んっ……」 「さっきの男にも、ここを舐めさせたのか?」 「なわけ……」 「じゃあ前の男にさせたか?」 「っ……」    わざと淫らな音を立てながら、はしたない穴を舐められる。赤く腫れぼったくなった、いやらしく収縮する穴の縁を、ねっとりとなぞるように舐め上げられる。  いたずらな舌先がほんの少しだけ中に潜り込んで敏感なところを直に舐めてくれるが、そんな些細な刺激ではまるで足りない。鶫は腰をくねらせるが、あっさりと舌は抜けていってしまう。   「っ、も、もっと……」 「前の男にさせたのか?」 「さ、させてない! させない! んなとこ、誰にも……っ」 「何人と寝たんだ」 「ごっ、五人! そんだけだ! わざわざ舐めさせたりとか、手間かかることはしてねぇから! だからっ……」 「……」    まずったな、と鶫は思った。正直に答えればイカせてもらえるはずだと高を括っていた。しかし、馬鹿正直に何人と関係を持ったか答える必要など全くなかった。風間が把握しているのは二人だけのようなので、適当に二人と答えておけばよかったのだ。  風間の双眸はいよいよ怒りに燃え盛る。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。鶫の馬鹿正直な回答は、火に油を注ぐ結果となってしまった。   「っあ、な、なんで……」 「お前が全然反省してねぇから」 「し、してるっ、してるって!」 「してねぇだろ」    だらだらと溢れる我慢汁を塗り付けるように、濡らされた穴の入口を軽く擦られる。先端が入るか入らないかという絶妙な浅さで、しつこく繰り返し突っつかれる。ローションや、互いの体液やらが混ざり合い、ねちねちと粘っこい音を立てている。  あまりのもどかしさに、浅ましい穴が欲深く震える。どうにかして呑み込んでしまいたくて、しつこく焦らす先端に吸い付く。鶫は、いっそ自分で挿れてしまおうと腰を動かしたが、しっかりと押さえ込まれて阻止される。   「く、っそ……ふざけんなよ!」 「誰に物言ってんだよ」 「てめぇこそ、挿れたくてしょうがねぇくせに! そこで爆発させる気かよ」 「お前がずっとその調子なら、そうなるかもな」 「っ、ざけんな……」    ここまでされてお預けなんて、そんな拷問みたいなことが許されるだろうか。性感は限界まで高まっている。あとはもう挿れてさえもらえれば、最高に気持ちよくなれるのに。その快感を、鶫はもう知ってしまっている。   「っく、ぅ……意地はってねぇで、いれろって……」 「意地張ってんのはお前だろ」 「くそ……っ」    早く欲しい。とにかく早く。もう一秒だって待てやしない。  その逞しく反り返った硬いモノで、深いところまで貫いてほしい。その熱い肉の塊で、空っぽの胎を満たしてほしい。頭がおかしくなるくらい、内臓が壊れそうになるくらい、激しく突いて、掻き混ぜて、犯して、めちゃくちゃにしてほしい。   「ぁ、わ……わるかっ……」    想像だけで、浅ましい体は愉悦に震えた。胎の中がビクビク痙攣して、風間にも伝わってしまっただろう。   「お、れが……わるかっ……」 「何が悪かったか分かるか」 「あ、あんたじゃないやつと、ねた……から……」    風間は鶫の体をがっちりと押さえ込み、緩やかだった腰の動きさえぴたりと止めて、じっと鶫を見つめた。熱に浮かされた鶫は、孵化したての芋虫のように腰をくねらせる。しかし風間は微動だにしない。   「なんでそんなことした」 「だ、って……こわくて……」 「何が」 「っ……お、おっさんのこと、すげぇすき、だから……もしいなくなったら、どうしよ、って……」 「……」 「ひとりはさみしい、から……おっさんがいなくなってもだいじょうぶなように、なっておきたかったんだ」 「……」 「なぁ、な、もういれて……、いかせてくれよ……っ」    鶫の切なる懇願と、風間の悔しげな舌打ちはほとんど同時であった。   「あぁあ゛っ! あっ! あっ、あっ、あぁ゛っ!」    鶫はシーツを握りしめて悶えた。壊れた玩具のように体が跳ねて、勢いよく白濁を撒き散らした。それでもまだ気持ちいいのが終わらない。待ちわびた快楽を激しく叩き付けられて、狂ってしまいそうだ。  求めていた雄に犯されて、中が勝手に濡れている。女みたいに濡らしている。潤んだ肉襞がぎゅうぎゅう絡み付き、しがみついて離れない。離れたくない。ずっと中にいてほしい。   「やっ、やっ、もっと……! もっとして、おっさん!」 「っ……」 「すきっ、すきぃ、すきだっ、すき、っ、きもちいいっ!」 「……オレだって……」    自分が何を口走っているのか、もうよく分からない。風間のものが一等いいということしか、分からない。おっさんとのセックスが最高だということしか。  ぴったりと隙間を埋めてくれる。ぴったりと気持ちいいところに密着する。まるで鶫のために誂えられたような……いや、鶫の方が風間のために誂えられたのかもしれない。風間のために体を作り替えられてしまった。  風間以外に、鶫を満たす者はいない。彼の代わりになる男なんていない。もう他の誰と寝ても満足できない。物足りない。誰も風間に敵わない。これ以上の男は、きっと世界中どこを探しても見つからない。

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