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第八章④ ♡

「ちょっと試したかっただけなんだ」    肩まで湯船に浸かり、鶫は言った。風間はシャワーを止める。  干からびるまでセックスして、バカみたいにデカいベッドで少し眠り、せっかくの広い風呂で二人一緒に汗を流すことにした。次に物件を借りる時は浴室の広い部屋がいいな、と鶫は思った。   「試すって、何をだよ」    風間が肩まで浸かると、湯の嵩が増して浴槽から溢れた。   「俺の体がおかしいのか、おっさんのテクがやべぇのか」 「どういうことだ?」 「俺、おっさんと会うまではセックスなんか大っ嫌いだったんだ。いてぇし、きめぇし、ムカつくしな」 「……」 「でも、おっさんとするセックスは好きなんだよ。これっておかしいだろ?」 「おかしくは……ねぇだろ」    風間は、何とも言えず困ったような顔をした。   「そうか?」 「そうだろ。気持ちってのは大事だぞ」 「気持ちねぇ……」    確かに、憎悪する相手に一方的に蹂躙される行為は最悪だ。行きずりの相手との行為は、上っ面だけのつまらないものだった。だから、風間との行為は最高なのか。   「大体なぁ、お前……そんなお試し相手にキスマークなんか付けさせるなよ」 「んだそれ」 「ほらここ」    風間の指が、濡れた項をついと撫でた。   「もう大分薄まってるけどな。こういうのでバレるんだぞ。浮気するなら、もっとうまく隠せるようにならないとな」    濡れて張り付く黒髪をそっとよけて、風間の唇が項に吸い付いた。他の男の残した痕を上書きするように、きつく吸われて舐られる。   「ん……」 「よし、綺麗にできた」    風間は満足そうに笑った。まだ首筋がじんじんする。   「……浮気じゃねーし」 「付き合ってる相手以外とセックスしたら、それは浮気なんだよ」 「仕事で女と寝たけど」 「仕事でだろ? それに昔の話だ。あれ以来あんな仕事入れてねぇだろうが」 「……おっさんって、やっぱ結構潔癖か?」 「そうでもねぇよ」 「いや、マジな話。俺がガキの頃からどんな扱い受けてきたか、知らねぇわけじゃねぇだろ? だから、今更んなこと気にするなんて、ってな」 「それも昔の話だろ。今回のも過ぎたことだ。オレはこれからのことを言いてぇんだよ」 「……」 「お前がどうするかは、お前が自由に決めりゃあいい。けど、オレは今んとこお前だけだよ」 「……」    風間の声があまりに優しいので、鶫はのぼせそうになった。顔を洗い、浴槽の縁に腰掛けると、火照った体が少しは冷える気がした。   「はっ。おっさん、そんなに俺のことが好きかよ。愛が重くて参っちまうな」 「だから、ずっと前から愛してるっつってんだろ」    腰を抱かれてキスされた。強く吸われて、赤く鬱血した痕が刻まれる。脇腹や、胸、首筋、そしていつぞやの手術跡にも。  薄桃色に盛り上がった、生まれたての薄い皮膚は特に敏感で、くすぐったさと、引き攣れるような僅かな痛みを覚えた。少し目眩のするような、くらくらする感覚が心地いい。   「んっ……いいぜ。もっとつけろよ」 「……なんか、恥ずかしくないか?」 「何が」 「若気の至りみたいで」 「今更だろ。それに俺は若い」 「オレはおっさんなんだよ」    言いながら、より際どいところへ吸い付かれる。鮮やかな花弁がいくつも散らされる。この情熱の赤が、風間の嫉妬心と独占欲の証だと思うと、鶫はもう堪らなく満たされた気持ちになった。所有の証を、全身隈なく刻み込まれたい。   「なぁ……もっかいしよーぜ」 「勃たねぇよ」 「しゃぶってやるよ」    指で輪っかを作り、べろりと舌を出す。鶫の下品な仕草を見て、風間は呆れたように笑った。   「無理すんなよ」 「誰に言ってんだ」    力なく項垂れたペニスを、鶫は口いっぱいに頬張った。洗いたての清潔な匂いが広がる。その奥に、僅かながらも確かに香り立つ雄の匂いを、鶫の嗅覚は敏感に嗅ぎ分ける。   「ン、ふ……」    この匂い、風間の味が、鶫は堪らなく好きだ。ごちそうを前にした時みたいに、どんどん唾液が溢れてくる。しゃぶっているだけで、脳が蕩けたようにぼうっとしてくる。浅ましくも胎が疼き、孕ませられるのを待っている。   「エッロい顔」    風間が優しく鶫の頭を撫でる。風間に撫でられるのも、鶫は堪らなく好きだった。この大きな手に触れられているだけで安心する。理不尽な攻撃をしてこないと分かっているからだ。   「はっ、ンむ……」    わざとらしく水音を立てながら、ねっとりと舌を這わせて舐る。口内を満たす雄が大きく膨らんだ。先端から粘着いたものが溢れ出る。雄の匂いが一際濃くなる。腰がじくじくと重くなる。  風間も息を切らし始めた。頭を撫でてくれていた手は、額にかかる黒髪を梳き、瞼に触れて、左目に残る傷をそっとなぞる。  適切な処置をしなかったために醜い痕として残ってしまったそこを、風間は慈しむような手付きで撫でてくれる。かり、と軽く掻かれると、痛いような痒いような、くすぐったい感覚があるけれど、それがまた気持ちよくて、もっと触れてほしいと思ってしまう。   「ん、ンぅ……っ」    はしたないと分かっていても、腰が勝手に揺れてしまう。浴室は音が反響しやすい。隠し事なんてできやしない。  口内を満たす雄が、もう一回り大きくなった。どろどろと溢れる先走りを舌に塗り付けて、自身の唾液と絡ませる。口いっぱいに風間の味が広がり、脳髄が蕩ける。体の芯が甘美な痺れに犯される。   「ふぁ、ン、んん……」    自分が今どんな顔をしているのか、客観的に見る余裕などない。ただ、鶫を見つめる風間の目は、情欲を孕んだ男の目だ。風間にそんな顔をさせているのは、鶫をおいて他にない。  今すぐ食らってしまいたい、とでもいうような獰猛な眼差しで鶫を見つめて、鶫だけをその瞳に映して、目の前の男は息を荒げている。かつてない充足感が込み上げた。   「っ、おい」    喉を開き、無理やり奥まで迎え入れた。喉を締めて亀頭を扱いてやれば、風間は焦ったような反応を見せる。   「ちょ、待てって……」    風間は鶫の髪をくしゃりと握りしめた。だからといって強引に引き剥がしたりはしない。鶫は一層深く肉の棒を銜え込んだ。息もできないほどに、深く深く。   「っ、おい、マジで……っ」    風間は苦しげに顔を顰めた。瞬間、鶫の喉奥で何かが弾けた。   「んン゛っ……!」    鶫は目を剥いた。雄の匂いが凝縮した濃厚な液体が、喉の奥深くに叩き付けられた。鼻腔も口腔も食道も気道も、全てが風間の味に支配されていた。  いや、味だとか匂いだとか、そんな生易しいものではない。熔けた金属そのもののような熱が、神経を直接刺激する。粘膜が焼け爛れるようだった。  たっぷり注がれた精液を、鶫は一滴も余すことなく飲み干した。舌にはまだ味が残っているし、喉にはまだ残滓が絡み付いている。胃の中には風間の熱を感じる。恍惚として、鶫は腹を摩った。  飲み干したことをアピールするために、鶫は口を大きく開けて舌を突き出した。風間は困ったような笑みを浮かべつつ、鶫を撫でて褒めてくれた。   「けど、出しちまったらもう一回できないぞ?」 「あっ……」    すっかり忘れていた。そもそもなぜ口で始めたかといえば、勃起させてもう一度挿れてもらうためであった。迂闊にも達してしまったそれは、だらりと下を向いている。   「もっかい……」    鶫が舌を伸ばそうとすると、風間は慌てて止めに入った。   「連続は無理だ。お前みたいな絶倫じゃねぇんだから」 「……」 「むっとすんなよ。代わりにオレがしてやる」    浴槽の縁に座らされ、期待に濡れそぼったものを銜えられた。風間の口は、見た目以上に柔らかくて温かい。肉厚の舌は滑らかに動いて、鶫の弱点を的確に突いてくる。   「っ……ヘンタイ」 「お前が言うか? 人のもん舐めて勃たせてるくせに」 「俺はいいんだよ」 「わがままだな」    しゃぶるのは慣れているが、しゃぶられるのは慣れていない。しかし鶫も男だ。性器を刺激されれば当然感じる。風間相手ならば尚更だ。思わず腰をくねらせると、風間は満足そうに微笑んだ。   「お前の善がってるとこ見てれば自然と勃つかもな」 「っ、やっぱヘンタイじゃねぇか」 「お前も大概スケベだろ」 「うっせ……」    火照った肌を汗が濡らす。鶫は湯気の滴る天井を見上げた。いよいよのぼせてしまいそうだった。

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