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第2章

チャイムが鳴って休み時間。購買でパンと牛乳を買って、いつもの階段に向かう。 「よぉ、ハヤト!」 「ちぃーっす。」 「おお、ここ座るか?」 「あざーっす。」 3年の先輩の隣に座る。俺と先輩と同級生に下級生。数人で屋上へと繋がる校舎端の階段にたむろする。 「あー、あっちぃ。」 「ここも校舎内だけど日当たりいいしなぁ。」 「一括空調?も効かねぇよな。」 屋上への扉から、ガンガン日が照っている。こんなに暑いとこになんでたむろってるかって?俺たちがみんなスラム街の住人だからだ。 「来週から夏休みかぁ。」 「なに?どっか行くの?」 「いや、親父の手伝い。工場暑ぃからさぁ。」 「うちも手伝い。電話番だから、まだマシ。」 「いいなぁ。室内じゃん。」 「お前、今年も旅行だろ?」 「旅行じゃねぇよ。親戚の畑の手伝い。マジで何にも楽しくねぇ。」 はぁ、と揃って溜息を吐き出す。クラスメイトたちは、プールだとか帰省だとか楽しそうに話していた。みんながみんなお金持ちじゃないだろうし、俺らより金に困ってそうな家だってあるけど、どうやったって俺たち『裏の街』の子よりマシだ。 「ハヤトは?」 「俺も爺ちゃんの手伝い。まぁ、お使い位だけど。」 「お前の爺ちゃん危ねぇ仕事だろ?気をつけろよ。」 「分かってますって。」 購買のジャムパンを牛乳で流し込む。ちゃんと牛乳飲んでんのに、ちっとも背は伸びないけど。 「あーあ。普通の青春謳歌してぇなぁ。」 「そういや、ヒロは?最近見ねぇけど。」 「中庭で美女とお昼ご飯。ゆりえちゃんと付き合いだしたんだろ?」 「マジかよ!ゆりえちゃんって学校一の美女ってやつだろ?家も金持ちだし。」 「しかも、ゆりえちゃんから告られたらしい。」 「「はぁあっ?!」」 羨ましい。そう思った。 「くそっ!人生勝ち組じゃねぇか!」 「でも、ヒロのやつ就活してるらしいよ?」 「あいつ、橋本の子だから。」 「ああ、ね。」 『ヒロ』こと橋本ヒロユキは俺の一個上、中3の先輩だ。「橋本」というのは、橋本孤児院のことで裏の街にある。経営は火の車との噂があるが、抗争の遺児のための施設としての役割もあるから潰れたりはしないらしい。ホントかウソかは分からないけど。 「そういや、ハヤト、担任と寝てるってマジ?」 「あぁ、はい。マジっす。」 「えー、付き合っちゃえば?公立のセンコーって将来安泰そうじゃん。」 「でも、こいつの担任、男っすよ。」 「「ええっ?!」」 「あ、まぁ、はい。」 「いいんじゃねぇの?今さら珍しくもねぇだろ。」 「まぁな。俺たちのトコじゃ、マジで普通だし。」 まぁ、そうなんだよな。恋人が男なんて、女が少ない上に男同士の絆がどうこうの世界じゃ『普通』だ。おかげで『男が好き』でも、大して偏見は持たれない。そういう意味でも、この集団は俺にとって有難い。 「でもなぁ、お堅い職業じゃ、男は無理か。」 「無理無理。そんなんじゃないし、第一、先生彼女居ますし。結婚も考えてるって。」 「「はぁあっ?!」」 「生徒犯しといて浮気かよ!マジでねぇわ!〆に行こうぜ。」 「そんな事したら、先輩、停学っすよ。」 「下手したら退学かも。」 「まぁ、そんな熱くなんなよ。ハヤトがいいって言ってんだからいいだろ。口出すんじゃねぇよ。」 血の気の多い先輩が多くて困る。まぁ、受験にしろ就活にしろ、夏休みが分かれ目なんて言うもんな。気が立ってるんだろう。冷静に皆を収めてくれる先輩は、頭が良くて、推薦で高校に行くらしい。「学費は奨学金だけどな。」と笑っていた。そんなこと出来るのは、ほんのひと握り。俺らの就職先なんて、家業の手伝いか風俗かヤクザの下っ端くらいだ。それを考えたら、血の気が多いのも長所かも知れない。 「お前ら、モテないからって僻みすぎだろ。」 「だってさぁ。」 「あーあ、ハヤトが女ならなぁ。小さくて可愛いし。」 「小さい?!」 「ああ、ウソウソ。」 ったく、人が気にしてる事を! 「まぁ、先輩なら優しそうだし抱かれてもいいっすよ。」 「やー、男だろ?俺は無理だわぁ。」 「わー、ひっど。」 「今のは酷いわ。」 はははっ!っとお互い笑い合って、話題は次へと移っていく。俺は適当に相槌を打ちながら、ヒロの事を考えていた。俺が羨ましいのは、ゆりえ先輩だ。ヒロは女の子と付き合う、いわゆるノンケだ。いくら背が低くて可愛いと言われても、俺が男なのは紛れもない事実で。女の子に勝つなんて、到底無理。そんな事は分かっている。だけど、俺はあの頃からずっとヒロの事が好きだ。

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