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第4章
「ハヤトぉ、どこ行くん?」
「さんぽぉ。」
「ついでに俺の分もヤニ買ってきて。」
「分かったぁ。」
溜まり場にしてるビルを出て、コンビニに向かう。大通りに出て歩道橋を渡り『表の街』をぷらぷらと歩く。大通り沿いの街路樹は枯葉を落とし始めていて、民家の近くを通るとキンモクセイの香りがした。
「…秋なんだよなぁ。」
裏の街に住んでいると、季節の移り変わりに疎くなる。暑けりゃ夏で、寒けりゃ冬。そんな感じ。時折、『表の街』に出て散歩するのが俺の楽しみだ。住宅街を少し進むと目的地のコンビニ、ニコニコマート通称ニコマが見えてくる。偽の身分証でタバコを2箱買って、コンビニの前に設置された灰皿で一本吸っていると、目の前をとんでもないものが通り過ぎた。慌てて火を消してニコマに飛び込む。
「ヒロ!久しぶり!」
肩を叩くと、とんでもないもの、中学卒業式以来のヒロがこちらを向く。ヒロは一瞬びっくりして、すぐに怪訝な顔をする。身体は中3の時より一回りデカくなっていて、作業着から覗く腕も無駄なく筋肉が付いている。相変わらず、カッコイイ。
「…どちら様ですか?」
「おれ!ハヤト!」
「…ハヤトは俺より年下なので、煙草吸わないと思います。」
そう言うと、ヒロはさっさと買い物へ戻ってしまう。さっき、店の前でタバコを吸っているのを見られていたのかもしれない。もう俺の顔なんて忘れちゃった?
「ねぇ、ヒロ。」
焦って声をかけるが、無視される。どうしたらいいんだろう。数年ぶりにヒロに会えて、俺はこんなに嬉しいのに。
「ありがとうございました〜。」
オロオロしている間に、ヒロはニコマを出て行ってしまう。ショックで途方に暮れていると、ヒロが、同じように作業服を来た男たちと話している声がガラス越しに聞こえた。
「ヒロユキ、知り合いか?」
「昔の友達です。」
やっぱり俺の事覚えてる!!
その日から、ニコマ通いは俺のルーティーンになった。とはいえ、生活している時間帯も違うのか中々二度目の再開は訪れなかった。
「ハヤトぉ、なんでヤニ辞めたん?」
「別に吸いたくて吸ってた訳じゃないし。」
「へぇ。」
今日も空振りに終わって、溜まり場に帰ってきた。買ってきたタバコを渡して代金をもらいポケットに入れる。俺の分のタバコはもう買ってない。
「あれか、例の彼氏の趣味か?」
「まぁ、そんなとこ。」
「ピアスも首のトカゲもそいつの趣味なんやろ?悪い男やねぇ。」
思わず、左首のトカゲのタトゥーを擦る。
「悪い男だから殺されたんでしょ。」
「あんなんとつるんで無きゃ、表の世界で生きられたのになぁ。」
「ほんとになぁ。」
コンビニで買ったジャムパンを牛乳で流し込む。俺の耳にピアスを開け、首と腰にタトゥーを入れさせた男は、ヤクザの金に手を出して殺された。あんなのが好きだったなんて、我ながらどうかしている。まぁ、若気の至りってやつだ。まだ1年経ってないけど。その男が殺された現場に運悪く居合わせてしまった俺は、ここで人生終わったなと思った。ところがどっこい、男を殺した男に気に入られ生き延びる事が出来た。「ハヤトは小さくてかわいい。」そう言って俺を可愛がり俺を抱いた男は、無理やり俺を組織の一員にした。そのせいで、俺は組織の男たちの欲の捌け口にされたけど。ある日、男は帰って来なくなった。この街では思ったより争い事は多い。組織同士の抗争で死んだと聞いた。後には、すっかり組織の一員になった俺が残ったという訳。まぁ「小さくて可愛い」俺は、今までー度も争い事に駆り出された事は無い。生殺しにされて、毎日ぷらぷら過ごしている。まぁ、逃げる気も無いけど。
秋も終わり、すっかり冬になった。俺は相変わらず、ヒロを探しにほぼ毎日ニコマに通っている。すっかり店員とも顔見知りになってしまった。今日も駄菓子コーナーにある30分は持つ飴を買って、店の前で咥える。タバコを吸わなくなった俺の時間つぶしのお供だ。今日は夜になって一段と冷えてきた。コートの前をしっかり締める。と、その時、作業服の集団がわらわらとこちらに向かってくる。
「ヒロっ!!」
「うわっ!」
集団の中にヒロを見つけて、飛びつく。周りの男たちが「なんだ、なんだ」と騒いでいるが、お構い無しにギュウっと抱きつく。やっと、やっと見つけたんだ。
「先、行っててください。」
「おう。風邪ひくなよ。」
「はい。」
周りの男たちがニコマの中に消えて行く。残ったのは、俺に抱きつかれたヒロだけ。
「ハヤト。」
「ずっと探してた!」
「分かったから、離せ。」
恐る恐る離すと、ヒロに腕を掴まれる。
「冷たいな。いつから居たんだ?」
「今日は10分くらい。でも、ずっと探してたんだ。ここでしか会えなかったし、街中も探したけど見つから無くて。」
「そうか。」
「やっと会えた。」
なんだか泣きそうになって下を向く。ヒロの靴は泥まみれで、それを何度も洗っているんだろうなって感じのスニーカーだった。その横に、いつの間にか落とした飴が転がっていた。
「そうか。悪かったな。違う街の現場に行ってて、今日戻ってきたんだ。」
「現場?」
「…ここじゃ寒いし、俺の部屋来るか?」
「いいの?!」
急展開に顔を上げると、ヒロが頭を撫でてくれる。
「俺の部屋って言っても社員寮だからなぁ。タバコ吸わないなら入れてやる。」
「もう吸ってないよ!」
くんくんと頭を嗅がれたのが分かった。鼻息が髪に当たってドキドキする。
「ホントだ。タバコの匂いしないな。」
今日は溜まり場に顔を出してなくて助かった。あそこに行ったら、すぐタバコ臭くなってしまう。そんな事より、昨日の夜に風呂に入ったっきりだ。
「俺、汗臭いよ?」
「なんで?ちゃんと風呂入ってるだろ。たくさん汗かいてそのままで俺の方が臭いだろ。ってか、俺の部屋も臭いか。」
「いい!大丈夫!俺、行ってみたい!」
「ただのアパートだぞ?」
「いいの!ヒロの部屋がいい!」
「分かったよ。とりあえず、中入って弁当買おう。腹減った。」
「うん!」
コンビニに入ると、ちょうど作業服の集団が店を出る所だった。40過ぎのおっさんから俺らと同い年くらいの人も居る。
「俺ら、先帰るから。」
「はい。」
「兄ちゃん、良かったらコレ飲んで。」
おっさんが何か渡そうとするので手を差し出すと、微糖の缶コーヒーだった。
「谷崎さん、すぐあげちゃうんだから。」
「いいの、いいの。ヒロの友達だろ。大事にしなきゃ、ね!」
「すいません、ありがとうございます。ほら、ハヤト。」
「あ、ありがとうございます!」
「いいの、いいの。」
「じゃあ、また明日な。おつかれ!」
「お疲れ様でした!」
そう言って、わらわらと店を出ていく。仕事帰りのようだけど、まだまだ元気といった感じだ。持たされた缶コーヒーを見る。わざわざ購入済みシールも貼ってある。
「ハヤト。何食う?」
「…これさ。」
「いいよ、大丈夫。明日も御礼言っておくし。」
「…うん。」
「可哀想だからとかじゃないよ。あの人、誰にでもああだから。」
「そうなの?」
「うん。ハヤト、どれ食うんだ?奢ってやるよ。」
「え?!いいの?!」
「いいよ。俺だって稼いでるんだから。」
「ありがとう。じゃあ、パスタにする。」
「分かった。」
そういうと、パスタと鮭弁当をカゴに入れてレジへと向かう。顔見知りの店員が、もの珍しそうに俺を観察している。いつも一人だったもんな。やっとヒロに会えたんだ。嬉しさが込み上げてきた。
ヒロのアパートは細長く、2階建てなのに部屋が10個くらいある。外階段を上がってヒロの部屋に着くと、1Kの小さな部屋だった。
「悪いな。そこ座ってて。」
「うん。」
玄関の脇で手を洗うと、間仕切りされた部屋の戸が開かれる。思ったより広い部屋の真ん中に置かれた、小さなテーブルの前に座る。ヒロが暖房を入れてくれたので、慌ててコートを脱いだ。
「貸して。」
「あ、うん。」
渡したコートをハンガーにかけて、カーテンレールにかけてくれる。手馴れた手付きに、ちょっと寂しくなった。
「彼女さんとか来るの?」
「来ないよ。たまに先輩たちが来る。」
「ふーん。」
玄関脇の台所に立つヒロは、何やらお湯を沸かしている。
「みそ汁、インスタントしか無いけどいいか?」
「え?!みそ汁あるの?」
「寒いからな。ナスだけど大丈夫?」
「うん。何でも大丈夫!」
一転ウキウキした気持ちになって、レジ袋からお弁当を取り出す。ニコマからはそれなりに離れていたが、まだ温かい。
「あっため直すか?」
「ううん。俺は大丈夫。ヒロは?」
「俺も大丈夫。」
マグカップが二つ、ちゃぶ台に置かれる。
「悪いな。茶碗が無かった。」
「いいよ。大丈夫。」
「そうか。」
お互い、自分の弁当を開けて、箸を割る。
「いただきます。」
「いただきます!」
久しぶりの温かいご飯が身に染みる。ジャムパンと牛乳じゃなくて、ジャムパンと温かいお茶でもいいかもしれないな。もう背丈は伸びなそうだし。
「それで?」
「それで?」
一気に飯をかっこんで、ポケットに入っていた缶コーヒーを飲みながら一息ついていると、ヒロから話しかけられる。ヒロは、お湯で溶かすタイプの緑茶を飲んでいる。
「ハヤトは何で俺の事探してたの?」
こちらを真っ直ぐ向いているヒロの顔を、恥ずかしかったけど真っ直ぐ見返して答える。
「俺がヒロのこと好きだから。」
「そうか。」
ヒロは一瞬びっくりして、でも答えが分かってたような口ぶりだった。
「ちゃんと好き。タバコ止めれるくらい好き。」
「そっか。偉いな。」
「偉いな?!」
思わず、小さなテーブルを叩いてしまう。
「偉いなって何?!ヒロは俺の事どう思ってるの?!」
「どう思ってるって…。」
ヒロは困った顔で俺を見ている。分かってる。こんな事言ったって困らせるだけだ。ヒロはノンケで、ただ昔の知り合いに、たまたま会っただけだ。
「ヒロは…ヒロは俺の事好きじゃないの?」
それでも、折角また会えたんだ。今度こそは俺だって。
「分からん。」
「何それ?」
「ただ…。」
「ただ?」
「嫌いではない。」
『嫌いではない。』その言葉が頭の中をグルグルと回る。
「じゃあ!じゃあさ、俺と付き合ってみよ?恋人居ないんでしょ?」
「居ない。」
居るって言われたらどうしようかと思った。
「じゃあ、いいよね!」
「…いいのか?」
ヒロは、じっとこっちを見ている。
「いいよ!」
「そうか。じゃあ、付き合うか。」
嬉しくて、飛び跳ねてしまった。下の階に迷惑だと、ヒロに怒られたけど。俺の長年の願いが叶おうとしている。嬉しくて嬉しくて嬉しい!
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