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第5章

俺がヒロと付き合い出して、数ヶ月経った。年が明けて数日。今日も俺はヒロの家に向かっている。歩道橋を渡って駅とは反対に歩いて行くと大きめのスーパーが建っている。 「ヒロ!」 「おー。」 「おつかれ。」 「ハヤトも。」 「うん。」 最近は仕事帰りのヒロとここで待ち合わせるのが殆ど。ヒロは工事現場で働いていて、今の職場はここから更に郊外へ車で10分ほど行った所らしい。いつもはこの街の近くの工事を請け負っていて、遠くの現場は稀だと言っていた。仕事帰り、皆で車に乗って帰る途中でこのスーパーに降ろしてもらう、という仕組みだ。わざわざ途中で降ろして貰ってまで俺と待ち合わせしてくれていると思うと、テンションはうなぎ登りだ。 「今日も鍋でいいか」 「うん。いいよ。」 土鍋を買ってヒロのアパートに突撃したのは、付き合い始めて1週間後くらいだった。いつ「やっぱり止めよう」と言われるかビクビクしながら過ごしていたが、この冬何度も登場する土鍋を見て「もう大丈夫なのかもしれない」と思うようになった。もちろん他の料理だって並ぶし、コンビニ弁当の日もある。だけど、俺の分の食器も増えて、年末年始は泊まりにも成功した。 「ハヤト。ネギと春菊はどっちがいい?」 「え、どっちも要らない。」 「…好き嫌い無くなったんじゃないのか?」 「子供の頃の話だろ?もうヒロみたいにデカくなれないからいいんだよ!」 「…仕方ないなぁ。」 そういうと、4分の1の白菜がカゴに入れられる。本当は白菜も嫌だけど、鍋だから仕方ない。 「あ!しいたけ入れようぜ!しいたけは好き!」 「きのこだからな。」 「?…しいたけは野菜だろ?」 やれやれという顔をされて気に食わなかったが、肉は豪華に牛肉にしてくれたので許した。レジ袋を持ってぷらぷら帰る。どうでもいい話をしているこの時間も、俺にとっては天国のような時間で、出会った頃の事もよく思い出す。ハヤトの住むアパートに着くと、1階が騒がしい。 「おお!おかえり。」 「ただいま!」 「お、ハヤト!お前らも来るか?これから102で飲み会するぞ!」 もうちょっと酔っているだろ、というくらい上機嫌の先輩たち。ヒロの会社の先輩はいい人ばっかりで、俺も可愛がってもらっている。 「俺ら、二人で鍋するんで。」 「仲いいなぁ。」 「ハヤト、まだ未成年だろ?飲み会つまんねぇよな。」 「そうっすねぇ。」 本当は酒もタバコもとうに解禁しているのだが、他の人には内緒だ。ヒロにはバレてるけど。 「ヒロも若いのと付き合ってんなぁ。」 「若くないです。ひとつ下です。」 「ヒロユキは顔で損してるよな。老け顔だし、彼女出来ねぇのも分かるわぁ。」 「もう子供二人くらい居る顔だもんな。」 「そんな事無いでしょ。俺まだハタチっすよ。」 ガハハと笑い声が漏れる。 「じゃあ、もう行くんで。」 「おー!また明後日な。」 「はい。」 先輩たちに頭を下げて、外階段を上がる。ガチャガチャと鍵を開けているヒロに膝カックンを仕掛ける。 「うわっ!」 「やーい。」 「なんだ、拗ねてんのか?」 「拗ねてない!」 ヒロが開けてくれているドアから中に入る。勝手知ったる我が家のように、カーテンレールにコートをかけ、風呂場で手を洗い、台所に居るヒロに合流する。 「ハヤト、またテレビつけっぱなし。」 「つけとけば、話聞こえないでしょ?」 「聞こえるよ。壁薄いんだから。」 「はーい。」 そう。この社員寮は壁が薄い。大きな声を出せば、隣近所に音が聞こえてしまう。そのせいで、「好きだ」とか「キスしよう」だとか気軽に言えないのだ。ふと、隣に立つヒロの料理の手が止まっている。 「ヒロ、どうしたの?」 不思議に思って、顔を見上げるとおでこにキスされる。 「な、なっ!」 「して欲しいんだろ。顔に書いてある。」 「書いてない!」 いっつもこう。ヒロは俺の機嫌の取り方が驚くほど上手い。キスされた事が嬉しくて、悔しいけど鼻歌まで歌ってしまう。それを横目で見ながらヒロはまた料理に戻った。俺もタイマーで炊き上がった米をしゃもじで混ぜる。 「ハヤト。」 「ん?なに?」 白菜を切るザクッザクッという音が心地よい。そもそも台所で料理している人を見る機会があまりにも少なかったから、ヒロがご飯を作っている所は新鮮で面白い。 「飯食ったら、外出るか。」 「外って?」 「先輩たちも飲んでるし気が付かないだろ。」 「どこ行くの?」 ザクッと最後の1箇所が切れて、ザーっと水が流れる。 「…ホテル。行くか?」 ひそひそ声で呟かれたその言葉が、俺の頭の中で弾けた。 「行くっ!!」 「声がデカい。」 「え、マジ?!絶対行く!」 「野菜もちゃんと食うならな。」 「食う!めっちゃ食う!」

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