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第14話

 冬休みが明けた。休みの間、ぼくは三日ほど両親の元に言っていた。その間の話し合いで、東京、神奈川、埼玉、千葉、いずれかの音大を受けることとなった。ぼくが選んだのは東京だった。いずれプロのトランペット奏者になりたいわけではない。けれど父の母校だ。父が立ち上げた楽団を潰すわけにはいかないし、ぼくには跡を継ぐ意思があるという意思表示でもあった。それをぼくはまだ、啓大くんにも、そして恭賀にも伝えていない。  休み明けの教室は賑わっていた。クラスの1/3は就職をするのだと聞いている。恭賀はその就職組の中にいた。 「あ、綾ちゃんおはよー! 聞いてよ、チコ東京に行くんだって!」  どきりとした。 「東京の専門学校の事務なんだって。頑張って資格を取った甲斐があったね」  恭賀の声に、知子ははにかむように笑った。知子は家庭の事情で進学ができないと言っていた。父親が高齢なので、4年後には定年を迎えているから、途中で学費が払えなくなるよりも、就職をするのだと話していたように記憶している。 「綾はもう決めた?」  ぼくは首を横に振った。 「綾ちゃんさ、きちんと決めないと後で後悔するよ。推薦枠はもうないってわかってる?」 「わかってるよ」  ぼくがそうぶっきらぼうに言った時、クラス担任が入ってきた。 「あとで、話がある」  恭賀はぼくを見て、小さく頷いた。 *** 「話って、宿題の答えが解ったってことだよね?」  いつもの図書室で、恭賀が言った。誰も入ってこられないように鍵を掛けた。ぼくは頷いて、恭賀を見た。 「猫の実験をした科学者たちが猫の生死を確かめるには、箱のふたを開けてみなければわからない。つまり、言ってみなければ分からないと、そう言いたかったんでしょ?」  恭賀は肩を竦めた。 「そう。好きか、嫌いか。半分だけ好きなんて言うのは有り得ない」 「ぼくは啓大くんが好きだ」 「じゃあ言ってみればいい」  ぼくは首を横に振った。 「もし、啓大くんもおなじ気持ちだと言われたら、ぼくが困る」 「どうして?」  恭賀が怪訝な顔をした。 「東京の音大を受けることになった」  恭賀はなにも言わなかった。 「親と約束していたんだ。あと一年経ったらぼくは両親の元に行く。この一年、ここにいさせてもらえたら、ちゃんと言うことを聞くって」 「それで?」 「だから言わない。啓大くんに軽蔑されたくないし、もしおなじ気持ちだと言われても、ぼくは東京で、啓大くんは地元の医専だ。頻繁に会えるわけがないし、それぞれの道がある」  ぼくの意思は固い。それは恭賀も知っている。恭賀は呆れたように息を吐いた後、図書室の机に腰を下ろした。 「思い出づくりじゃない」 「ぼくはそうは思わない」 「じゃあずっと、その気持ちを秘めておくつもり?」 「最初からそう言ってる」  ぼくは踵を返して、図書室の扉へと向かった。 「それでいいの?」  恭賀の声が尖る。 「本当に、後悔しない?」  その言葉は重かった。ぼくはただうなずくだけに止め、図書室の鍵を開けて、逃げるようにそこを出た。  恭賀の言いたいことは分かっている。ぼくの選択がただの逃げだということも。けれどこれ以外の選択肢はない。仮に啓大くんがぼくとおなじ気持ちだったとしても、その後の発展につながる時間があまりにも短すぎる。それは告白する側としても無責任というものだ。ぼくが図書室を出て、階段を降りようとしたとき、図書室のほうから机が倒れるような大きな音が響いた。 ***  卒業まではあっという間だった。啓大くんは努力の甲斐あって、無事医専に合格することができたようだ。赤碕も奥原もそうだ。合格発表はまだだが、ふたりとも手ごたえはあるらしい。  卒業式を終えた後、ぼくは吹奏楽部のメンバーたちと卒業パーティーをした。恭賀もきた。けれど不自然なほどぼくには近づかず、ヒロの横にいた。ヒロと恭賀が付き合っているという噂は本当だったらしい。ヒロの気持ちを知っていた身としては、よかったなと思う。反面、どこか寂しく思える自分がいた。  卒業パーティーを終えた帰り道、ぼくは啓大くんと会うことになった。啓大くんに科していた本を返したいと言うのだ。待ち合わせの場所に啓大くんがいた。ぼくが駆け寄ると、啓大くんはぼくに気付いたように顔を上げた。 「これ、ずっと借りていたから」  言って、紙袋と共に本をぼくに差しだした。紙袋にはお菓子が入っている。 「い、いいよそんな、気にしなくて」 「いいって。返すのを忘れていたお詫び」  ずいっとそれを差し出してくる。ぼくは申し訳ないと思いながら、それを受け取ることにした。 「進路、もう決めたんだろ?」  ぼくは頷いた。 「県内?」 「ううん」 「そう、か。帰ってきたら、連絡しろよ。また遊びに行こうな」 「うん」  ぼくは笑ってごまかした。 「遥」  啓大くんに声を掛けられ、ぼくは思わず顔を上げた。 「ありがとうな」 「ぼくこそ。また会おうね」 「ああ、また。っていうか、これがあるし」  言って、啓大くんがポケットから取り出したスマホを取り出し、ちらつかせる。ぼくは本当だと笑った。  これからも、繋がっていていいのだろうか。ぼくは嘘を吐いた。また会おうなんて、嘘だ。なかなか会えない。メールや電話をすることはできても、遊べない。啓大くんの背中を見送りながら、ぼくは静かに泣いた。

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