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第5話 下野
飲んで終電を逃したので、成り行きで家に春樹を泊めてやった。
朝、腹が減ったからついでに春樹の分も朝食を作ってたが、ものすごく美味しそうに食べる春樹の姿に、下野は釘付けとなった。
昨日、居酒屋でもそう感じた。
春樹はご飯を嬉しそうに食べる。
自分が作る料理を、こんなに嬉しそうに、美味しそうに食べてくれる人は、下野にとって初めてだった。
それに「お前が嫌いだ!」と、しつこく言ってきた奴が、ニッコリ笑い「美味しいご飯ありがとう」なんて言うから、不意打ちを喰らい、茶碗を手にしたまま固まってしまった。俺らしくない…
その後、春樹のサラッとしている髪に触れたい衝動が起きた。男の髪に触りたいなんてどうかしている。だから苦し紛れの言い訳を考え、ルールだからと無理矢理こじつけ頭にキスをした。どうしてそんな行動を起こしたのか、自分でもよくわからない。
仕事ではコイツとペアになり、ついていないと思ってたから、ちょっと意地悪して揶揄ってみたかったのかもしれない。
結局、春樹は下野の家にもう一泊して、日曜日の夜に自宅に帰ることになった。色々と理由をつけて、下野が春樹を帰さなかったともいえる。春樹と過ごす休日は意外と心地よかったからだ。
金曜日の夜から日曜日にかけてずっと二人一緒にいたから、だいぶ打ち解けていた。
「…寛人?聞いてるのか?」
きちんと名前を呼ぶことも、春樹は照れずに出来るようになっていた。
「聞いてるって…だから、次の週末にしようぜ。また金曜日から家に来いよ。今度は泊まる準備して来い」
下野の家の近くにあるモンジュフーズマーケットに、春樹と二人で買い物に行った。
モンジュフーズマーケットは、下野と春樹が勤めている会社が経営してるスーパーだ。高級スーパーと巷では言われている。
春樹は以前、そのスーパーに配属していたそうなので、店内に入ると生き生きとしながら売れ筋商品などを、下野にあれこれと教えてくれていた。その時の春樹は楽しそうだった。
自分が勤めている会社の商品っていうのもあるが、二人で自社のスーパーで買い物をしたのは下野にとっても新鮮で、楽しかった。それに、楽しそうな春樹に早く何かご飯を作ってあげたいと思っていた。
「じゃあ、これでいいか?とりあえず、ずっと仲良しでいられるルールは8つだな」
春樹がルールを紙に書き出していた。
「えーっ!春ちゃんのばっかりじゃなくて、俺のルールも採用してくれよ。せめて5つくらいさ」
「うっ…まぁそうだよな。俺だけだとフェアではないな。じゃあ、この後に書くから、寛人のルールを言えよ」
「まだ…決まってない。とりあえず、ご飯!って言ったら、賛成!って返すやつは追加でルールに入れといてくれ」
あははははと、春樹が爆笑している。
この週末は毎食下野がご飯を作り、二人で一緒に食べていた。何となくノリで、腹が減ると下野が「ご飯!」と声をかけ、大食いの春樹はウキウキとして下野に「賛成!」と言葉を返していた。だから、そのノリをルールに入れることにした。
「戦争!反対!みたいな返しだな」と、春樹が笑いながらメモに追加として書き出している。春樹の書く字は綺麗だった。
「じゃあ残りのルールは考えておくから、決まったらまた追加しようぜ。しかし…結構ルールは多いな」
ぶつぶつ言いながらも、下野はそのメモに書いたルールをスマホで写真に撮り、春樹に送った。
忘れないようにと、書き出したメモを写真に撮り、二人共スマホの待ち受け画面にしようということになっていた。
「春ちゃん、出来た?ほら、俺は待ち受けに設定出来たよ」
「うん…あっ、出来たぞ!ほら、俺も待ち受けに出来た。これでルールはいつも見れるから忘れないな。ひとつずつ出来ればいいんだな?うーんっと、今日はこれで帰るからこの後は『おやすみ』の連絡をすればいいな?」
「おっ!いいね、上手く出来たな」と、下野は春樹の待ち受けを確認し、春樹の頭にチュッと音を立ててキスをした。
昨日から何度も頭にキスをするのを繰り返しているので、春樹は慣れてきたようだ。
それにしても、キスをしたい衝動はなかなか抑えられない。いかがなものか…と思っている。だけど春樹のサラッとした髪の毛にキスをするのは気持ちがよくて、やめられそうにない。俺は髪の毛フェチだったのかと、下野は複雑な心境だった。
「駅まで送るよ」と、春樹に声をかけた。
金曜日に着ていたスーツ姿に戻った春樹を見て、下野は噴き出してしまった。
「なんで笑うんだよ」と言い、春樹はムッとした顔をしている。
「いや、春ちゃん、ずっと俺の服を着てただろ?ダボダボなのが普通に見えちゃって…スーツ姿見たらこっちが新鮮だなって思って、可笑しくなっちゃった」
家にいた間、ずっと下野のTシャツと短パンを貸していた。下野と春樹は、体格がかなり違うので、下野の服を着ている春樹は、ズルズルのダボダボの姿だったが、今は帰るので自身のスーツ姿に戻り、スカッとしている。春樹は小柄だがスタイルは良い。
「寛人は本当にムカつくな!」
「あははは、じゃあ家に着いたらとりあえず連絡しろよ?心配だからな」
改札まで春樹を見送った。
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