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第6話 春樹
おはよう。っと。
朝起きてすぐ、ベッドの中でスマホのメッセージアプリを開き、下野に連絡を入れる。
すぐに既読となり『おはよう』と返信がピコンと入る。その後、たわいもない会話が2、3回続く。
今日は雨だとか、眠いとか。
下野と決めたルールはスムーズだった。あれは恋人同士のルールだと下野は言っていたが、あのルールがあるから仲良くなってきていると感じている。恋人以外にも非常に有効的に使えるルールだって、下野は知らないんだ。
美桜を振ったから嫌いだ!と言っていたが、下野の話を聞くと、振ったというのは、ちょっと違うらしいこともわかった。
「俺は、他のみーんなも来ると思ってたんだぜ?佐藤さんが『みんなも楽しみにしてる』って言ってたからな!まさか、他のみんなが、俺と佐藤さんの二人だけで飲むのを楽しみにしてる、なんて意味だと思わなかったよ」
と、下野は苦笑いしていた。
とりあえず二人で食事をして、そのまま解散する時に美桜から『付き合う?』と言われ、驚いたらしい。
確かに美桜はちょっと強引なところがある。わがままで、傲慢なところもあるから、春樹とは性格が違うと親にも言われていた。
美桜は、わがままでも可愛いから、何をしても許される。小さい頃も『美桜にちょうだい』って言われれば、春樹も仕方ないなぁと言って、お菓子でもオモチャでも、何でも譲ってしまっていた。
そんな話を下野にしたら「譲れるものならいいけどな」と鼻で笑われた。
朝は時間がないから、メッセージだけ下野に送るが、夜会社から帰宅した後は、毎日電話で話をしている。どちらからともなく、電話をかけるのが、この一週間で日課になっていた。
「明日は金曜日だろ?飲み会あるけど、その後そのまま俺の家に来ればいいよ。一緒に帰ろうぜ。とりあえず、下着とスニーカーだけ持って来いよ。部屋着はこの前の俺のやつでいいだろ?」
と言い、昨日の電話ではクククッと下野は笑っていた。この前下野から貸してもらったTシャツが大きく、春樹が着るとダボダボになっていたのを思い出して笑っているのだろう。
「いいや、ちゃんと持っていく!寛人がそうやって笑うだろうなってわかってたから、もう準備してあるんだ。下着とスニーカー、Tシャツと短パンだ。それに歯ブラシもある。これで大丈夫だろ?」
ふんっと、電話口で言ってやった。
「…そうか。もう準備してあるんだな」
急に下野が、ふっと笑い優しい声を出したから、春樹は少し驚いてしまった。電話だと相手の表情が見えない。下野がどんな顔をしているのかは、わからなかった。
「明日の飲み会って合同だろ?何でこの時期にやるんだろうな」
春樹は下野の優しい声にドキドキしてしまったので、急に話題を変えた。
「経理部とのコミュニケーションだってよ。結構大人数だよな。めんどくせぇけど、顔は出しておいた方がいいな」
「寛人はみんなと仲が良いけど、俺はなぁ…居てもいなくても別に変わらないだろうし。幹事は誰だろう…俺で出来ることあれば手伝うけど」
「ああ、蓉 だろ?経理部の奴だけど知ってるか?芦野 蓉 って奴だよ」
春樹がわからないと言うと、明日紹介するよと下野は言っていた。
昨日の電話を思い出していたら、家を出るギリギリの時間になってしまった。
少し大きめな荷物を持ち、玄関に向かうと美桜に会った。
「美桜!おはよう!」
「春、おはよう!あれ?なに、荷物多くない?どこか行くの?出張?」
「えっ、あっ、うん…そう、泊まりなんだよね。あっ、母さーん!今日から泊まりだから!日曜日に帰ってくる!じゃあ、いってきます」
咄嗟に隠してしまった。
美桜に、下野の家に泊まりに行くとは何故か言えなかった。嘘をついたわけではないが、隠し事はできてしまったようだ。
美桜に後ろめたい気持ちがあるからか、早く家を出たいと、春樹は焦ってしまう。
だけど、家を出れば、気持ちがふわふわとして、ウキウキッとしてくる。
さっき家を出た時の、焦ってた気持ちもすぐに薄らいでいった。
今日も電車に乗り会社に行く。いつもと同じ通勤ルートだが、最近は何だかずっと気分が良く通勤も楽しい。
会社が始まる月曜日も嫌ではなくなった。
アイツの家に泊まりに行ける今日は、もっと楽しく思えてくる。何でだか自分では、わからないけど。
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