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第7話 下野

飲み会の席で、春樹に(よう)を紹介した。 飲み会幹事である芦野(あしの)(よう)は、経理部所属である。部署は違うが仲は良かった。 下野と春樹、そして蓉と、蓉の大学時代の後輩である野村(のむら)海斗(かいと)の四人が同じ席になった。 野村海斗は営業部所属であり、この会社の御曹司である。父親が社長だ。 だけど、そんなこと鼻にもかけずに付き合うことが出来る気持ちのいい男だ。それに、仕事は非常に優秀なため、営業部では下野が特に目をかけていてる。 だいぶ後輩だが、下野はよく海斗と蓉の二人を連れて、飲みに行ったりしていた。 「春さんも大食いですか?俺、かなり大食いなんですよ。回転寿司だと何皿いけます?」 と、蓉が春樹に話しかけてから、二人は大いに盛り上がっている。 確かに蓉もよく食べるから、二人は食事を通して意気投合していた。 「今度食べ放題に行こう!」と、蓉が春樹を誘い、春樹が「行く行く!」と言うと、隣にいる海斗が「俺も!俺も行くから!」と、何故か怒り気味に、会話に無理矢理参加していた。 春樹は友達がいないという。 中学の頃から仲良くなる奴みんな、美桜と付き合い始めるから、美桜と別れると春樹とも縁遠くなってしまうらしい。 だから「仲良い人は、いないんだ」と苦笑いしていた。 そんな話を本人から先週聞いていたから、春樹に蓉や海斗を紹介したんだ!会社で仲良くなれる奴がいた方がいいだろうと思って。 それなのに、ものすごい勢いで蓉と春樹が仲良くなっていったから、少し…すこーしだけ下野は面白くなかった。 「春ちゃん、飲んだら手を繋ぐっていうのもルールに入れてくれ。それと、俺はひとり暮らしだろ?だから抱きしめられたい!寂しいからだ。抱きしめられて眠りたい!それもルールでいい?」 「あははは、お前は面白いな。大きな子供みたいなことを言うんだな。いいよ、ずっと仲良しでいられるルールに入れとくよ。後でメモに追加して、また待ち受けを変えないとな!」 飲み会が終わり、蓉が春樹をラーメン屋に行こう!と誘っているのを、無理矢理引き離して連れて帰ってきた。海斗も率先して蓉を引き離すのに協力してくれたから助かった。 そんな面白くない思いもあってか、帰り道で少々我儘な事を言い出してしまい、二人のルールに追加してもらった。 ルールにこじつけるのは無理矢理過ぎたかもしれない。『手を繋ぐ』と『抱きしめられる』なんて、男友達とでもするわけないことだ。しかも、何でそんな事を口走ったのか、自分でもよくわからない。 だけど下野の少しの不機嫌は治らず我儘なお願いは止まらない。「んっ」と、春樹に向かい手を差し出すと、春樹はゲラゲラと笑いながら手を握ってくれた。 家に帰る途中の道で手を繋いだ。そんなに酔っていないけど、今日は飲んでいてよかったとも思う。春樹がすんなりルールに追加してくれて、それもよかったと思う。それに少しの不機嫌は、それだけでどこかにいったようになくなった。 家に帰り、交代でシャワーを浴び終わると、春樹は持参した自分のTシャツと短パンに着替えていた。ダボダボの服ではないけど、部屋着に着替えた春樹はスーツよりもリラックスしているように見えた。 「酔いも覚めたし、アレ作る?春ちゃんまだなんか食べたいだろ、食べる?」 「アレって?何?」 「この前買ったアレだよ。パンケーキ」 「えっ、食べる!いいの?」 先週、スーパーでパンケーキミックスを見つけた春樹は『食べたい…』と小声で呟いていたから、次回作るよと約束して買ってあった。 「パンケーキ?」 「賛成!」 と、二人で仲良くなるルールの言葉を使いキッチンに向かう。買ってきたパンケーキミックスのおかげで簡単に作ることが出来た。 「寛人!天才だ!すごい!」 春樹が喜んでパンケーキを頬張っている。下野は春樹が食べている姿を見るのがやっぱり好きだ。素直に喜んでいる姿を見ると、目を逸らせずにジッと見てしまう。 「俺さ、春ちゃんが喜んで食べてるの見るのがスッゴイ好きなんだよね。毎回、俺の作った物を美味いって食べてくれるしさ」 春樹は、フワッフワなパンケーキを3枚ペロリと食べている。その姿を下野はビールを飲みながら眺めていた。 「美味しい…寛人が作るものは何でも美味いぞ!それにお前は本当にすごいな…何でも出来る。営業の仕事も成績ナンバーワンだし、料理も作れてパンケーキまで作れる。人脈もあるし、顔も広い。あっちこっちに仲のいい人がいる。本当にすごいと思う」 こう純粋に褒められると、さっき蓉と仲良くなったことに、少しだけ拗ねていた自分が情けなくなる。 「春ちゃんだって、ほら、さっき蓉と仲良くなっただろ?あんな感じで、人脈が広がってさ、これから何でも出来るようになるんじゃないか?」 「あははは、俺はそんな感じじゃないだろ。寛人みたいにはなれないよ」 パンケーキを食べ終えた春樹は、慣れた感じで食洗機に皿を入れ、ピッとボタンを押してくれた。 「んっ」 春樹が、下野の顔の前に手を差し出している。 「何?」と、聞くと「飲んでるから手を繋ぐんだろ?」と言い、首を傾げている。 「ありがとう。そうだよな、ルールに追加してくれたもんな」 「お前が追加してくれって言ったんだろ?忘れるなよ」 春樹が手を繋いで隣の部屋まで連れて行ってくれた。

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