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第9話 下野

日曜日が嫌いだと、春樹が言っていた。 理由は、日曜日の夜は、下野の家から帰ることになるからだと言う。 それを聞いた時、嬉しくて思わず春樹を抱きしめてしまった。 週末、ベッドの中では、春樹を抱きしめて寝ていることが多い。抱きしめた春樹からは、自分と同じシャンプーの匂いがする。 下野が追加といってお願いしたルールは、『抱きしめてもらう』ことだ。 だけど実際は、下野が春樹を抱きしめて寝ている。そりゃぁ体格差があるからそうなるだろう。やってみたら、抱きしめてもらうより、こっちの方がしっくりとくる。 春樹は、ルール通りに下野を抱きしめて寝ようと頑張るが、眠りに入ると下野を抱きしめていた腕がストンと落ちてしまう。 下野はそんな無防備な春樹を見たくて、本当は抱きしめる方がしっくりくるとは言えずにいる。何でそんな春樹を見たいかとは?それは自分でもよくわからない。 春樹が寝ている間は、髪にキスをして、おでこにもキスをしてみている。それでも春樹は起きないから面白くて何度もしてみている。春樹は寝つきがいいみたいだ。 だから、いつも下野は春樹が眠りに入るまでジッと抱きしめられている。でもその後は、ひとり声を殺して笑いながら立場逆転としていた。 男を抱きしめ寝るなんて、今まで経験したことはない。 女もそうだ。眠る時はひとりにさせて欲しい。近くにいるのは、うざったいなぁと思っている。セックスは好きだけど、女とのベタベタとした付き合いは苦手だ。 それにいつも、セックスをした後の会話や振る舞いが、本当に面倒くさくてたまらないと思っている。好きだの何だのと言わなくてはならないし、そう言わせるようにさせる相手に気持ちが冷めてきてしまう。付き合う女を抱きしめて寝るのが苦手なのも、その辺が理由なんだろう。 だけど春樹は何だか特別枠なような気がしている。春樹を抱きしめながら寝るのが好きだ。それに付き合っているわけではないので、面倒くさいやり取りなどがないのもいい。 春樹は寝ている間、深呼吸をしリラックスしている。「寛人のベッドだとずっと寝てしまう」と春樹は言っていた。 日曜日の夜、下野のベッドには春樹の気配が残るだけで、抱きしめる人はいない。 だから、俺だって日曜日は嫌いだ。ひとりに戻る日曜日の夜は、何ともいえない虚しさがある。 今まで寝ていたベッドは、ひとりだと居心地が悪くなり、ポカンと空洞が空いてしまったような気がしている。 もうそろそろ『おはよう』の連絡が春樹から入るはずだ。下野は、会社に行く準備をしながら、スマホを離さず春樹からのメッセージを待っている。 下野の方が早く起きているが、先にメッセージを送ると春樹はきっと慌ててしまうだろう。だから毎朝、春樹からのメッセージを下野はジッと待っていた。 ピコンとスマホから音が鳴った。 『おはよう』というメッセージの後に『今日は蓉と焼肉の食べ放題に行ってくる』というメッセージもあった。だから『了解!帰ってきたら電話しろよ』と返信しておいた。すぐに『わかった!連絡する』と春樹から返信が入る。 妙な感じだが、これだけでテンションが上がってくる。夜になれば、電話で話が出来るという約束が出来たからだろうか。 営業活動のひとつで、春樹とペアになりマシュマロを注文販売することになった。 ペアなんだから、部内のデスクも隣同士にするべきだと、下野が営業部全体に働きかけ、先週から全員デスクをシャッフルしてペアが隣同士になっていた。 「おはよう」 「おっ!おはよう」 会社に到着して今日のスケジュールを確認していると、春樹が出勤し隣のデスクに着席した。 朝起きて早々、メッセージを送り合っている二人だが、社内ではそんな素振りも見せずにいる。 「春ちゃん、マシュマロの営業活動のことちょっと話してもいい?時間もらえる?」 「あ、うん。俺はいつでも大丈夫」 「じゃあ、昼前にあっちのコミュニティスペースで話をしよう」 コクリと頷く春樹に笑いかけ、下野は仕事を進めた。 春樹に声をかけ、社内のコミュニティスペースに移動する。小さな打ち合わせスペースが並んでいる場所の中から、二人用の最も小さいスペースに春樹を誘導した。 「早速だけど、春ちゃん。マシュマロの注文の進捗ってどんな感じ?」 「うん…担当してる企業に掛け合ってみたけど、付き合いで数個だけ。担当者の人が個人で注文してくれた感じ。だから、新規開拓をひとりでやってみようかなと思ってる」 「そっか、難しいよな、商品はマシュマロだし。俺の方も担当してる企業と契約をちょっと結んだ感じかな。単発の契約がうまくハマったから数百個は確定してるよ」 「すごい!寛人すごいな…」 「春ちゃん、これってペアでやる営業活動だろ?だから、ここまではウォーミングアップ。この後は二人でやるんだ。新規開拓もひとりでやっちゃダメ。いい?」 コクリとまた頷いている。家だったら確実に頭にキスをしていたなと下野は思った。 「でも、どうやってやればいいんだ?契約企業はもう見込みないだろ?」 「そうだな、ちょっと別の方向で考えた方が良さそうだな。うーん…マシュマロが欲しい人って誰だろうな…その辺から二人で考えようか。マシュマロが欲しい人とか、貰って嬉しい人、必要な人はどんな人かってイメージでいいから出し合おう」 「わかった!それは俺が考えてみる。明日までに寛人に伝えるから、そしたらまたどうするか考えよう。他にも必要なことがあれば指示してくれ」 「おっ!マジで?ありがとう。そしたらさ、この前マシュマロのサンプル貰ったろ?それを二人で食べてみようか。俺は甘いものが苦手だけど、春ちゃんは得意だろ?何か気がつくことがあるかもしれないし。週末だと遅いか…明日の夜とか、俺の家に来る?」 「えっ!いいのか?明日、行っても?」 春樹が、パッと顔を上げて下野を見上げた。目が合った春樹は嬉しそうに笑っていた。 「いいよ!もちろんだよ。二人で食べてみようぜ。あっ、泊まってもいいからさ、一応、念のため、着替え持ってこいよ?ワイシャツだぞ?」 部屋着はこの前、無理矢理置いて帰らせた。次に泊まる時に使うから置いておけと言った。下野が洗濯をしておいたので、春樹の替えの下着などは置いてある。 だけど、今回は翌日も仕事があるから着替えのワイシャツが必要だ。今度はそれを持ってくるようにと春樹に下野は伝えた。 「わかった!着替えだな。それと、マシュマロは考えてみるから。メールで送るよ」 よかった。結構強引に平日も泊まる方向で話を持っていったので、引かれてしまうかもと思ったが、春樹は泊まるつもりで来てくれるようだ。 「それと…今日は蓉と二人?」 コミュニティスペースは、隣のブースに声が響くので、急に小声で下野は話始める。 「うん…蓉と二人で上野の焼肉に行く」 春樹もほぼ囁き声で返事をしている。聞こえにくいから、二人は自然に顔を近づけるように話をする。 「わかった…電話待ってるぞ?」 「うん、帰ったら電話する」 近づいている春樹が笑って答えてくれた。

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