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第10話 春樹

ロース、カルビにタンと、スタッフが忙しくテーブルまで運んできてくれる。 焼肉の食べ放題なので、財布を気にせずに食べられる。それに、自分より更に上をいく大食いが一緒で心強い。 経理部に所属している芦野(あしの)(よう)。この前、合同の飲み会で下野に紹介されてから仲良くなった。二人で焼肉食べ放題に来ているが、春樹より食べるスピードも量も多い。とても頼もしい。 「春さん、次、またカルビいきます?」 「そうしよう!…あれ?クッパとかもいける?クッパも頼もう」 すいませーんと、蓉が店員を呼び、追加オーダーをお願いしてくれた。 「ねえ、春さん。今度はさ、寿司の食べ放題行きましょうよ。オーダー式の食べ放題があるんですよ」 「行く行く!寿司だったらどれくらい食べれるかな。俺、寿司大好きなんだよね。あっ、蓉、スイーツは?スイーツの食べ放題はどうだ?」 大食い同士なので本当に心を許せる。蓉も春樹に砕けた口調になってきていた。 「あーっ。俺、甘いものだけはダメなんですよね。でもさ、ホテルのブュッフェなら大丈夫ですよ。じゃあ、次はそこに行きましょうか。ホテルならスイーツもあるし、寿司やパスタもあるから」 「オッケー!行こう!俺はスイーツ好きなんだ。スイーツのブュッフェに行けるのは楽しみだ!そうだ…今日、野村は?海斗はどうしたんだ?一緒に来なかったのか?」 この前の合同飲み会では、海斗も同じ席になり、その時に「食べ放題に行く時は俺も絶対一緒に行くから!」と言っていた。蓉の話を聞くと、海斗は蓉の大学の後輩であり、何でも話ができる関係らしい。 「あいつはそんなに大食いじゃないのに来るって言うから…今日はマジの日だから来るな!って言ったんですよ」 なるほど…マジの日か。と、春樹は蓉の言葉を聞いて笑うと、蓉も一緒に笑ってくれた。 「そういえば、春さん、下野さんと仲が良いんですね」 「えっ!えっ、え、いや、う…ん、そうかな。あっ、今度ペアで営業活動することになったから。そのペアが、ひ…えっと、下野なんだ」 急に下野の話になり、寛人と口走りそうになるほど動揺が隠せない回答だったが、蓉は気にせず話を続けている。 「下野さん、よく俺たちを飲みに連れて行ってくれるんです。俺は同じ部署じゃないけど、それでも俺らのつまんない話を聞いてくれるんで…だから、本社には下野ファンが多くて、下野さんの取り合いですよ。 けど最近、週末は絶対NGって言われてて、平日も1次会で帰っちゃうんですよ」 「そ…そうなのか?」 カルビを焼きながら蓉は教えてくれた。 「うん…彼女出来たのかな?下野さんモテるからなぁ。総務部の女子からも声かかってるし、取引先からも声がかかってるって海斗が言ってた。まぁ、かっこいいっすもんね、下野さん。仕事も出来るし」 下野のことを外から見たことがなかった。確かに気がきくし、何でも出来る男だ。背も高く、見た目は強面だがカッコいいのはわかる。そうか、モテるのか。 「面倒見がいいもんな、下野は…」 自分の面倒も見てくれているのを思い出し、春樹は呟いた。 「でも、春さんに対する態度はちょっと違うような気がするんですよね」 「へっ?な、なにが、違う」 「うーん、何て言うんですかね。俺らとか下野ファンって、愚痴とか話を聞いて欲しくて、アドバイスが欲しくて、飲みに連れていってもらってる感じなんですけど。春さんの場合は、逆に下野さんがすごく気にしてる感じで…うーん、あっ、例えば今日だって、どこに行くんだとか何時に終わるんだとか、めっちゃ下野さんに聞かれて。『春ちゃんが疲れないように2次会は遠慮しろ』って言われて、春さんのこと気にしてましたよ?」 「そ、そ、そうなのかっ!」 ちょっと嬉しく思ってしまった。蓉の話だと、周りの人と春樹とは下野の対応がちょっと違うという。自分が少し特別な感じがして春樹は嬉しく思った。 目一杯焼肉を食べて帰ってきて早々、下野に『帰ってきた』とメッセージを送ったら『電話いける?』とすぐに返信があった。 「もしもし?」 春樹が電話をかけ、2コール目が鳴り終わる前に下野は出た。 「帰ってきた」 「おおっ、おかえり。どうだった?上野の食べ放題は」 「蓉はすごいな、俺より食べるぞ。今日は二人で物凄く食べた。今度はホテルのブュッフェに行く約束をしたんだ。スイーツだぞ!スイーツも食べ放題なんだって」 すげぇなと、春樹の話を聞き、下野は電話口で笑っている。焼肉食べ放題の話をした後、蓉から聞いた話をしてみた。 「それからな、俺は疲れないぞ?大丈夫だから寛人は心配するな」 「なんだよ、それ」 「俺が疲れるから2次会は遠慮しろって、蓉に言っただろ?大丈夫だ。それより、寛人だって忙しいだろ?他の人との飲み会がいっぱい入ってるって聞いた。それに、蓉が寛人に彼女が出来たかもって言ってた…そうなのか?」 「あいつ…蓉がそう言った?余計なことペラペラと言いやがって…春ちゃん、ルール覚えてる?俺は隠し事はしないし、嘘もつかない、だから言う。俺は今、彼女はいない。いい?聞いてる?大切な事だから2回言うな、俺は今、彼女はいない!」 あははははと、春樹は笑った。電話の相手に、こんなに笑ったのは初めてだ。 「なんだよ!その大切な事だから2回言うってやつ!」 「大切な事だろ?笑うなよ。春ちゃんに、嘘はつかないし、隠し事もしてない。それに他の人との飲み会だって誘われたら行ってるよ、知ってるだろ?でも、1次会で帰ってきたっていいじゃん、別に」 「あはは、そうか。寛人は誠実な奴だな。ルールをちゃんと守ってる。俺もルールは守るぞ。このルールはすごいな、守ると人と仲良くなれるもんな」 「じゃあさ、大っ嫌いから、普通くらいになった?最初は俺のこと、大っ嫌いって言ってたじゃん」 「あっ、忘れてた!そんなこと言ってたな。今は大っ嫌いじゃないよ、もちろん!今は、お前のこと好きだよ」 「……そうか。ありがとうな、春ちゃん」 下野が、ふっと優しい声を出した。春樹はその声にゾクっと身体の芯が震えた。 「お前は…たまにそんな声を出す。顔が見えない電話だから、そんな声を出されるとちょっと…モゾモゾする」 電話だと耳元で囁かれていると、錯覚する時がある。下野はたまに優しい声で話しかけてくることがあるのは知ってる。 「顔が見えないって電話だから当たり前だろ?…あっ、そうだ!明日は家に来るだろ?マシュマロのことでさ、」 「あっ、それ!ネットで見つけたんだ!マシュマロチョコトーストってやつ。作り方わかったから、明日、やってみる?」 「おおっ、教えてくれ。作ってやるよ」 明日の約束も確実になった。 平日に下野の家に行けることになった。

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