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第20話 春樹※
勢いで下野の家に来てしまった。
行く場所は他にないから、下野の家しか考えつかなかった。突然来たのに、嫌な顔をせずに迎え入れてくれた。
取り返しがつかないことをしてしまったと本気で思っている。親が口出しするなんて小学生かと笑われるレベルだ。
しかもその内容がシャレにならない。人の人生を変えるほどのことだ。
それなのに「じゃあ…俺も取り返しがつかないことしてやるから、それであいこな」と、下野は笑いながらキスをしてきた。
下野はふざけてくれているとわかってる。春樹の大失態に、精一杯気を使ってくれた返しだと思っている。
だけど、下野からキスをされた春樹は嬉しくて胸がいっぱいになっていた。
下野とのキスは、取り返しがつかない酷いことなんかじゃない。
童貞だし、人の気持ちに疎いけど、わかっている。この気持ちは恋なんだってこと。
下野に恋をしているってこと。
下野のことが好きで、胸がいっぱいになっている。
誠実な男だと知った。
春樹がおかしなことを言っても、常識外れな行動をしても、笑ったり、問い詰めて非難したりなどしない。いつも冷静で、それでいて親身になって、大きく包んでくれる優しさを感じている。
好きにならないわけがない。
毎日、下野に惹かれていく。
朝から晩まで下野のことばかり考えている。夢に見た下野とのキスが、こんな形で呆気なく叶っているんだと、キスをされながらも思っていた。
それに、あんなに気持ちのいいものだと、初めて知らされた。好きな人とキスをしたからだろうか。
チュッチュッと小さくキスをされるのも、
唇を噛んだり噛まれたりするキスも、下野とすれば全てが気持ちがいい。
あの行為だってそうだ。
「春ちゃんが望めば何度でもするから。一回イこう?俺、もう結構、限界だから…」
と、下野は切羽詰まった顔をして言っていた。いつも余裕がある男のそんな顔は見たことが無かった。
だから、下から顔を見上げて「…寛人でも限界なんかあるのか?」と、思わず聞いてしまった。
聞いた後は、今までで一番激しくペニスを擦り上げてきた。
その激しさはなんだろう。この人はこんなに激しく人を抱くのかと、下野の過去に嫉妬するほどだった。
いつものあの行為が、今日に限っては違った。キスをしながら、腰を強く打ち付けられる行為だ。
やったことないけど、知ってる。
これはセックスだ。
好きな男から求められるのが嬉しかった。
全身で強く愛撫して欲しいと願ってしまった。
「や、や、やあぁぁ、で、でる…気持ち…いい…」
「俺も…くっ、はぁ、やばっ…イキそう」
二人同時に射精した。
いつもしていることだけど、いつもと違うのはキスをしたこと。素肌で抱き合ってること。それに、自分の心がドキドキとし、期待していたこと。
「寛人、重い...」
「うわっ!ごめんな、重いか…だよな!」
下野の言う通り、気持ちのいいことをして少し落ち着いた。上から覆いかぶさっている下野に向かい、重い!と軽口も叩けるくらいになっていた。
下野は笑いながらティッシュを使い、後始末をしてくれている。
もう決めた。
好きな男を守るんだ。
そう春樹は決めた。
「寛人…俺、マーケティング部で頑張ってみる。だけど、寛人を営業部に戻すことも同時にやってみる。俺は絶対負けない。会社としてこんなことおかしい!」
このままにすることは出来ない。自分で蒔いた種って言葉、本当にぴったりだなと春樹は思っていた。
「春ちゃんは、本当に真っ直ぐだな」
下野にそういわれてまた唇にキスをされた。唇にキスをするのも、これから日常になるのか。そう期待してしまう。
「一緒に頑張ろう?寛人。一緒に会社で頑張ろう。俺、何でもやるよ、働きかける。寛人が営業部に戻るように、色んなことやってみる。このままじゃ終われないから」
「春ちゃん、少し落ち着いたか?今日は泊まってもいいけど、家には連絡は入れておけよ?怒って飛び出したんだろ?」
「いいよ…別に。子供じゃないし」
帰れと言われているようで、気持ちが萎んでいく。やっぱり急に来たのは迷惑だったのかもしれない。
「春ちゃん、子供じゃなくて、大人だからこそだ。そんな一時的な感情のまま、わざわざ家族と拗れる必要はない。ほら、今日は泊まるけど、ちゃんと帰るからって連絡入れろよ。お母さん、心配してるんじゃないか?」
下野がしつこく何度も言うので、母に電話をかけたが、母との会話は業務連絡のようになってしまった。
「一時的な感情で飛び出したが、ちゃんと帰りますので!」
「はい、わかりました!」
こんな感じだ。春樹もまだ怒っていたが、母も怒鳴って飛び出した春樹に対して、怒っているようだった。
親子喧嘩のようなものも初めてだった。
下野はキッチンにいて少し離れていたけど、会話は聞こえているはず。ソロっとキッチンに近づき除くと、笑っている下野と目が合った。
「ちゃんと連絡とったみたいだな。春ちゃんはお母さんと仲がいいんだな」
「…別に、普通だよ。俺は怒りが収まらないけど、あっちも何だかまだ怒ってた。だけど、大人の対応じゃなかったとは思う」
「ははは、家族の間で怒れるってすごいことだぞ?それでも電話出来れば上等だよ。じゃあパンケーキ作るから、こっちおいで。食べるだろ?」
会社では同期で、同じ年なのにどうしてこうも違うのだろう。改めて下野の器の大きさを感じる。
「春ちゃん、明日は一緒に出勤しような。電車に乗って、一緒に出勤するのは楽しみだよな」
「うん…そうだな。楽しみだ」
楽しそうに下野は言うけど、それもあとちょっとで出来なくなることだ。
異動によって二人の職場も変わってしまうから。
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