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第24話 春樹※

下野は明後日この部屋を出て、関西に行くそうだ。今日で会うのも最後になる。 最後だからなのか、下野は春樹の好きな料理を沢山作ってくれた。どれを食べても美味しく、二人で楽しく会話も弾んだ。 飲んだら手を繋ぐというルールがある。 「んっ」と春樹が手を出すと、飲んでる下野は嬉しそうに笑いながら手を繋いでいた。下野の手は相変わらず大きい。 夜も遅くなったので、ベッドに二人で入る。これもまたいつものルーティンだった。普通のことをしているだけで、胸が詰まって痛くなり泣きそうになってしまう。 明日からは離ればなれだ。今更、好きだの、待ってるなど、言うこともない。 電気を消した部屋のベッドの中で、下野にキスをされた。暗闇の中、じっとしていると目が慣れてくる。何となく、下野の表情もわかるようになってきた。 チュッチュと、唇や頬にキスをしている。春樹もそれに応えるように、下野の下唇を噛んだりしていた。 春樹の頬を優しく撫でる下野の手が好きだ。こんな感じの動作ひとつひとつに、心がギュッと捻られる思いをする。 下野は何も言わないが、春樹の服を脱がしていく。春樹も下野の服を脱がしてあげた。 肌と肌が触れ合う。 好きな男の肌は、相変わらず熱い。 いつかこの熱を忘れてしまうのだろうか。 そんなことは嫌だなと思う。 「春ちゃん…」 少し掠れた声で名を呼ばれた。この声も、もう聞けなくなるのか。 このまま時間が止まればいいのにと、 童話の中のような、また幼い考えが過る。 でも、今は誰のものでもない。 肌の熱い男の全てを自分のものにできる。 いつか、誰かのものになってしまうであろうこの男を、今だけは、自分のものにしたい。だから時間が止まって欲しい… 「寛人…」 好きな男の名を呼んだ自分の声は、別人のようだった。 腰を少し上げると下野に腰を掴まれた。ペニスをゴリっと合わせる感触があった。二人分のペニスを下野が掴み、ゆるゆると下から上に揺すり上げる。 「…はぁぁ、っん」 暗闇の中、いやらしい自分の声が響いた。媚びるつもりはないのに、少し媚びた声に聞こえるのが恥ずかしかった。 二人のペニスを掴んでいる手が退けられた。下野は、春樹の両足を閉じるようにして掴む。太もも付け根から下野の大きなペニスがヌルッと、腿を押し除けて入ってきた。そのまま下野は腰を動かし、ペニスを抜き差しして、擦っている。 春樹は、足を開くことも許されず、固く閉じたまま下野のペニスを感じた。下野が暗闇の中で腰を上下に動かしているのがわかる。 下野のペニスがぐちゃぐちゃと、腿の隙間から剥き差しを始めると、春樹のペニスの裏筋にゴリゴリと、下野の硬く大きなペニスを擦り付けられ、腰を使って扱き上げられた。 手を使わずに、ペニスを重ね、ゴリゴリと扱かれるのは初めてだが、気持ちがいい。 下野の腰を振る速度が速くなっていく度、春樹もイキそうになってくる。したこともないくせに、セックスをしているようだと感じた。 いつもより何度もキスをされ、足の間にペニスを抜き差しされる。こんな経験は今までしたことがないが、これからもすることはないと思う。 下野はどうだろう。 春樹と同じ気持ちだろうか。 明日になって会えなくなるのは、寂しくて、離れたくなくて、肌を合わせているのか。だからいつも以上に激しいことをしているのか。最後に聞きたいと思うけど、答え合わせが違ったら立ち直れないから、聞くことも出来ない。 結局、自分は何も出来なかった。好きな男を守るんだって、意気込んでいたのに、下野を守れなかった。 何も出来なかった。 無力な自分は恥である。 それならば、少しでも恥ずかしくないように生きていきたいと思う。そんなことは完全に自己満足になってしまうけど。 「や、や、やぁぁっ…気持ち…いい」 「春ちゃん、イッていいよ」 グシュグシュと水っぽい音が激しく聞こえる。よく見えないから余計にいやらしく感じる。 下野のペニスは大きくて熱い。このまま男同士がするセックスのように、後ろに入れられたいと思ったけど、ペニスの裏筋を擦られるだけで入れることはしなかった。 セックスを、好きな男としてみたいと思っていた。下野にされてみたいと思っていた。だけど、最後までセックスはしなかった。この後、生涯後悔するかもしれないなと、春樹は思っていた。 「や、や、でる…出ちゃう…」 「ああ…春ちゃん。っ、くっ、俺も…」 ドンっと力強く下野が腰を入れると、ペニスがドクドクと動き、下野の精子が春樹の足の間に流れ落ちるのがわかった。 二人同時に射精していた。 これで本当に終わりだと思った。 朝早く目が覚めると、隣にいる下野は既に起きていたようで、目が合ったらキスをされた。 笑うことはせず、ただ見つめ合って唇を重ねていた。 「春ちゃん、ご飯食べる?」 「食べる!」 元気に答えられたと思う。 和食、洋食と作ってくれたけど、泣きそうになるのを堪えていたから、正直何を食べたか覚えていない。 ただ、キッチンで料理をしていた下野を隣でずっと眺めていたのは覚えている。 その後はすぐに荷物をまとめて部屋を出た。駅まで送るよという下野に、送らなくていいと、頑なに答えてひとりで下野の部屋を出た。 玄関では不意に抱きしめられ「ちょっとだけ顔を上げて?」と、下野に言われたが「嫌だ」と言い下を向いていた。 春樹から下野の身体をグイッと引き離した。下野は一瞬動きを止め、その後はゆっくり、抱きしめていた手を離してくれた。 だから、最後は、下野の顔を見ることは出来なかった。どんな顔をしていたかなと、考えるけど、見なくて良かったなと思う。 下野のことを守るとか、好きな男を守るんだとか、自分なら出来ると思っていたけど、そんなことは到底難しく、やり遂げることは出来なかった。 守ることも出来ず、会社に申し入れをして負けないなんて言っていたことも、全て口先だけ。春樹は自分の無力さを痛いほど感じている。何も出来なかった。落ち込んでもこれからの人生に何も役に立たず、ただただ自分が惨めになるだけだった。 自宅に帰ると母と美桜がいた。 「美桜、母さん、ただいま。俺さ、これからひとり暮らしするんだ。多分、来週には出ていくからさ。落ち着いたら連絡はするね」 そう伝えた。 ひとり暮らしは、ここのところずっと計画していたことだ。下野に恥じないように生きるための第一歩だ。恥じないように生きていくしか考えられなかった。 「えっ?ひとり暮らし?つうかさ、ねぇ、春…何で泣いてるの?何があったの?」 と、美桜が心配そうな顔をして言っていた。 泣いているのか。 そんなのわからなかった。 いつから自分は泣いていたんだろう。 下野の前では、涙を流してなければいいなと、春樹は思った。 これからひとり暮らしをする予定だ。そしたらひとりで思いっきり泣けるから。もうちょっとだけ、涙は待ってくれないかなと思う。

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