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第32話 春樹
「春さん、マジで大丈夫?陸翔のことだったら、俺にも相談してくださいよ。俺とあいつは大学時代からの友人なんだし」
今日は蓉と一緒に寿司の食べ放題に来ている。相変わらず蓉とは月に何度か本気の食べ放題巡りをしていた。
「うん、まぁ、大丈夫だよ。陸翔もさ…悪気はないんだけど、ポンコツなんだよな」
次の寿司は何を食べようかと、オーダーシートに記入しながら春樹は答えた。
ここの寿司屋はオーダー式の食べ放題であり、春樹と蓉のお気に入りの店でもあった。オーダーシートには、常に注文出来るMAXの数を記入している。春樹たちと、同じように真剣に寿司を選び、オーダーシートに書いている人たちで、店中は溢れていて大繁盛だった。
「わっかる!陸翔はそうなんですよねぇ…俺はもうなんていうんですか、慣れっこなんですけど。周りはなぁ、あいつの中途半端な感じにイラッとすると思うんです」
「だよな。だけど、俺が陸翔を指導すれば周りにも迷惑かけないだろ?」
「また!もう〜それ、ネタになってますから。今はみんな知ってますよ、春さんがコネ入社じゃないってこと。会社も少しずつ変わってきたし。春さんは本当にみんな頼りにしてるんですし、」
すいませーんと、蓉がオーダーシートを店員に渡してくれた。時間に制限があるので二人で時間を気にしながら食べている。
「俺だってポンコツだ。何も変わらない」
「いーや!変わりましたって。今は、春さんに話を通して商品開発するのが多くなったって海斗が言ってました。春さんは仕事が早いし分析も的確だから、マーケティング部ではめちゃくちゃ沢山の案件を抱えてるじゃないですか!そこで陸翔の面倒もみてるなんて!マジで大変だと思う」
新しくオーダーした寿司が来た。蓉と二人で食べながらまた次のオーダーシートに記入していく。
「海斗っていえば、あいつは経営企画部に異動したし、忙しいだろ?」
蓉と海斗はマンションの隣同士に住んでいると聞いた。相変わらず仲がいいから、食事も共にしているそうだ。
「海斗は毎日ゾンビみたいな顔してます。朝早くから夜遅くまで大変みたいだけど。でもね、あいつは頑張らないといけないってわかってるから大丈夫です!まぁ、だから俺も、頑張りますけどね。ははは」
ゾンビみたいな顔という蓉の言葉に二人で笑った。確かに社内で見かける海斗は疲弊しているようだった。
「へぇ、海斗は腹括ったか…」
昔した下野との会話を思い出した。下野は海斗が会社の後継者になればいいと言っていた。
あいつにはその器がある。これからはあいつの時代になる、腹を括って欲しいと。
「あははは、春さんもそう言います?俺もさ、何となく感じてたんですよ。海斗は後を継ぎたいんじゃないかなぁって」
「そうか。じゃあやっぱりそういうことなのか?」
「うん、まぁ、そんな感じじゃないですか?まだまだこれからだから、わかりませんけど。だけど、春さんもやっぱり下野さんと同じこと言いますね」
「えっ?」
突然、下野の名前が出てくるとドキッとしてしまう。
「いや、俺が直接聞いたわけじゃないけど、海斗がよく言ってました。下野さんには後継者になれって言われてたって。春さんは下野さんと仲がいいでしょ?だからやっぱり同じ考えなんだなって…うわっ!春さん!ラストオーダーだっ!」
ラストオーダーなので二人で「ヤバい!ヤバい!」と言いながら追加を頼んだ。
話の途中になってしまったが、下野の話題になると心臓が大きく音を立てていた。心臓の音が大きくなるほど、胸が痛む思いも大きくなる。
店を出て、蓉と一緒に地下鉄に乗り自宅まで帰って来た。蓉の家は、春樹の駅の二つ先だ。
「へぇ!春さん、ひとり暮らしだったんですね。今まで知らなかった」
わざわざ伝えることはしていなかったが、初めて蓉に、ひとり暮らしをしていると伝えた。帰り道で何となくそんな話になったからだ。
蓉も海斗もひとり暮らしだ。みんな自分より年下だが、しっかりしてるという印象がある。いつまでもダメな人間は自分だけだなと春樹は思ってしまう。
家に帰ると、あれだけ食べた寿司が消化したのか、甘い物が食べたくなった。
家に帰りキッチンで、ホットケーキミックスを見つけたから、作ってみることにした。この前、実家に帰った時、母に作り方を教えてもらったものだ。
パンケーキはよく下野が作ってくれていた。似たような物であるが、最近はずっとパンケーキではなく、ホットケーキを食べている。
下野が作ってくれるフワフワのパンケーキは、昔を思い出すから食べていると胸がキュッとしてしまう。だから、ホットケーキを今はよく食べていた。本当、似たような食べ物なのにおかしな話である。
キッチンでホットケーキを焼き上げた。こんがりきつね色に仕上がり上手く出来たと思う。母の教え通りだ。
出来栄えに満足しながら食べているが、ひどく寂しい気持ちが込み上げてくる。
自分は本当に弱い人間だ。
下野と女性が一緒にいるところを見てから、ひとりで家にいると思い出し、つい、ため息をついてしまう。
だけど、そんな下野は人の気持ちも知らないから、ここ最近は毎日ずっとメッセージを送ってきていた。
次の土曜日には、バーシャミで待ってるというメッセージを始めに、毎日色んなメッセージを送ってきている。
昔に戻ったようで、下野からのメッセージを楽しみにしてしまう。たまに、昔作った二人のルールの内容がメッセージに入っていたりして、クスッとひとりで笑ってしまうこともあった。
だけど、春樹は返信ができなかった。
怖くて返信は出来ないくせに、そんなメッセージに一喜一憂している。
だけど、その後に現実が戻って来て、下野に寄り添う女性を思い出す。すると、ぽっかり大きな穴が胸に空いたようになる。
メッセージを拒否したり、ブロックしたりするほどの勇気はない。既読が春樹からの最大限の意思表示だった。
少しでも繋がっていたいという、ずるい気持ちが出て来てしまう。だから、自分は弱くダメな人間だなと感じている。
ホットケーキを食べ終えて、皿を洗い後片付けをした後、下野のTシャツを着て寝る準備をする。
いつまで経っても成長しないのは、世の中で自分だけのような気がしている。
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