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第36話 春樹
美桜の家に到着すると双子が「ふぇ〜ん」と声をそろえて泣いていた。
いつものお腹を空かせた時とは違い、か細い泣き方をしているから、春樹も心配になり困った顔になってしまう。
双子の熱は、季節の変わり目の発熱らしい。さっきまでは、母がいて一緒に病院に行ってきたと美桜が言っていた。
大きな病気やインフルエンザじゃなくてよかったけど、熱が出ているのを見ると可哀想に思う。
美桜の夫は仕事で緊急対応中である。朝から不在なので、そんな中、双子の子供を美桜ひとりで見るのは大変だっただろう。
春樹のフォローで双子を着替えさせ、ミルクをあげ、何とか寝かせることが出来た。美桜にもコンビニで、おにぎりとサンドウィッチを買ってきたからそれを渡す。
「春…マジでありがとう。ひゃぁ〜こりゃ大変だわ。世のお母さんたちは凄いね」
「本当だよね、母さんはすごい!玲《れい》くん仕事だよね?今日は戻って来ない?」
「もうすぐ帰るって連絡あった。だけど、また明日も仕事に行くみたい。今、システム開発の山場らしいから」
美桜の夫の玲司は仕事が忙しいようだが、心配で何度も電話がかかってきていた。
その度に美桜は「今は電話無理!」と言っている。
「俺、明日も来るよ。母さんは都合悪いだろ?俺は休みだからさ、大丈夫。今日は玲くんが帰ってきたらバトンタッチするから」
双子は寝かしつけても、発熱から眠りが浅いようで何度も「ふぇ〜ん…」と泣き出してしまう。美桜と二人で交互にひとりずつ抱っこしてやっと寝かしつけが出来た。
「春、ほんっとにありがとう。今日、予定あったんでしょ?大丈夫だった?ここ最近、ずっとそわそわしてたよね」
美桜とは性格は似てないが、双子だから何となくお互いの気持ちはわかるところがあった。第六感のような、察するところがある。
「ああ、うん。まぁ、何にもないよ」
「嘘だね、何かあったはず。私には、わかるんだから。よし、話を聞こうじゃないか、春樹くん!誰?デート?そこから全部、話しなさいよ」
美桜に隠し事はできないようだ。春樹は今までのこと、それから今日のこと、そして、自分の気持ちを話し始めた。
このことを人に話をしたのは初めてだ。好きな人がいる、その人は男性で、美桜も知っている人というと、最初はニヤニヤとしていた美桜は、話が進むにつれて笑顔が消え、真剣な顔になっていった。
「…やっぱり引くよね。相手は男だし、それに美桜は一時期、その、ちょっと、」
「いやいやいやいや!待って!春!」
美桜が大きな声を出したから、寝ていた双子がビクッと動きまた泣き始めた。
「ちょっと…美桜、やめろよ。せっかく寝たのに可哀想だろ?」
「いやいや…ちょっと待ってって。あ〜、よしよし、ごめんねぇ…」
二人で小声で話しながら、またひとりずつ子供を抱き上げあやしていく。
「違うって、春!相手が男だからって、引くことはないわよ。それに、春は女の子より、男と付き合う方が似合ってるって思うし…それより、私が無茶苦茶に悪口言ってた人でしょ?ごめん!本当にごめん!」
「ちょっと、美桜!声のボリューム下げろよ。ビクついてるだろ?」
「ごめん…」と、また美桜は謝っていた。話に興奮し始めると、声が大きくなってしまうらしい。
「美桜が言ってたことは、別に気にならないよ、昔のことだ。それにちょっと誤解があったみたいだし。それより、あの頃、美桜は好きだったろ?ひ、下野のこと」
春樹は、寛人と言いかけて、下野と言い直した。
「えっ?そうだっけ…って、ああっ、そうか。彼の悪口を言ってたのは、私が振られたからだ」
二人でひとりずつ抱っこしながら小声で話をする。子供の体温は高いというが、今日は熱が出ているのでいつもよりずっと高い。
抱っこしながらトントンと背中を撫でてあげると、また、すぅっと寝に入っていった。
ベッドに二人寝かしたのを見つめながら、小声で「昔の話だしね…」と、春樹が美桜に言い、話を再開させた。
「好きって?私は忘れてたくらいだし、あの頃も何とも思ってないよ。確か、ノリで付き合う?って聞いたのに、断ってきたからムカついて文句言ってただけだよ」
「あの頃、美桜は下野のこと、子供がいるような顔をして!とか暴言吐いてたよ」
美桜は「えっ?覚えてないけどウケる、私らしいわ」と言い、声を抑えて爆笑していた。美桜は自分が言ったことは、忘れているようだった。性格が違う美桜が羨ましい。
双子たちから寝息が聞こえる。やっと落ち着いて寝られるようになったのだろう。
「しかし…へぇ、あの男か。あれは相当な優良物件よ。だけど、ライバル多そうだな。あの頃、下野さんは会社の中では誰とも付き合ってなくて、その辺徹底してるくらい遊んでる男だって、私たちみんなで噂してたんだよ」
美桜のネットワークの広さから、当時の話を聞くと、社内のあらゆる女性が下野にアプローチをかけていたようだとわかった。
「それに下野さんって今はさ、自分で会社作って、飛ぶ鳥落としまくりなんでしょ?その辺の話も聞いてるよ」
「美桜は相変わらず凄いね。地獄耳ってやつ?」
失礼なこというな!と、美桜は小声で怒るが、会社を辞めて随分経つのに、春樹よりも会社の中のことをよく知っているようだった。
「でも下野さんが『連絡くれ』って言ってるなんて意外だなぁ。あの人、そんな感じじゃないからさ。モテるんだろうけど、ムカつくことに自分からいかなくても、周りが勝手に近寄るからさ…自分から手を出さずに恋人を作れるタイプ。だから、連絡くれって言われたんなら、絶対連絡した方がいい。わかった?春、逃すなよ!」
「そんなんじゃないって…俺に友達がいないからさ、可哀想に思って付き合ってくれてるんだと思うよ?それと、久しぶりに会ったから懐かしかったんだと思う。ただそれだけだよ」
考えても下野が自分を好きになるポイントはない。だからやっぱり友達の延長で、今日も会ったんだと思う。
「ふんふん、なるほどね。春が変わった理由は、それだったのか。ひとり暮らしをするって言った時もびっくりしたけど、その後からどんどん大人っぽくなっていって、みるみる変わっていってさ。私は焦ってたんだぞ」
「そう?何も変わらないよ。俺は成長しないなって落ち込むくらいだよ」
「いやいや…話し方も、考え方も変わったよ。実際、仕事だって上手くいってるじゃない?だからママも何も言わなくなったんだし。もうパパの会社で働けって言わなくなったでしょ?」
確かにそれはそうだ。昔はよく父の会社に入れと母は言っていたが、ひとり暮らしをしてからは何も言わなくなっていた。
ボソボソと美桜と話をしていたら、美桜の夫である玲司が帰ってきた。
「美桜!ごめんな、遅くなった!」
「シイッ!小さい声で!」
子供たちが起きてしまうから、小声で!と、帰ってきて早々、玲司は美桜に叱られていた。
だけど、玲司は美桜の体調も気にかけており、優しさ全開の旦那さまである。羨ましいと思い、春樹は二人を眺めていた。
玲司にバトンタッチして、春樹は自宅へ帰ることにした。帰り際、美桜にまた釘を刺される。
「春、いい?彼に連絡するのよ。メッセージでいいから、この後連絡すること」
「えーっ、もう時間も遅いし…」
「ダメ!向こうは待ってるかもしれないじゃない。気が変わらないうちに、すぐ連絡して。今日よ、今、帰ったらすぐ!じゃ、また明日待ってるね、報告よ」
相変わらず美桜は女王様のような口ぶりで春樹に指示を出していたから、可笑しくなって笑ってしまった。
明日も来ると約束し、春樹はタクシーで帰宅した。
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