38 / 63
第38話 春樹※
「じゃあ、春ちゃんは明日も佐藤さんの家に行くのか?何時に行くの?俺、送っていくよ」
美桜の家から帰宅し、自宅に戻って早々、下野にメッセージを送ったら、その後すぐ電話がかかってきた。
メッセージだって、やっとの思いで送ったのだ。今までメッセージをたくさん貰っていたのに、返信は出来ていない。だから、家に帰ってきて、何を書いて、どう送ればいいのかとかなり悩んだ。
やっとの思いで送ったメッセージにすぐ返信があり、そこには電話をしていいかと書いてあった。
ドキドキと心臓が音を立て始め、どうしようどうしようと、気持ちが落ち着かなくなったが『いいよ』と返信をしてしまった。
いいよ、なんて軽く返信をした後すぐに後悔した。電話なんて緊張してしまいそう。それに沈黙したらどうしようと考える。
緊張していても、下野からの電話はすぐに鳴った。かかってきたコール音を聞き、スマホの画面を覗いていたが、意を決して電話を受けて話し始める。
『もしもし』と言ってからは、なんてことない。沈黙なんてせず、すぐに昔に戻ったようだった。
双子の熱は季節の変わり目のものと伝えると、下野は「大事じゃなくてよかったな」と言ってくれた。
その返しを聞いて、春樹はクスクスと笑ってしまった。気が抜けたのだ。
下野は昔もよくそんな感じで春樹のことを色々心配してくれていたことを思い出し、緊張していた体の力が抜けていくのがわかった。
昔は下野の家から自宅に帰る時『家に着いたら連絡しろ!心配だから』とよく言っていた。下野は誠実で優しい。だから、周りのことを色々と心配するんだろうなぁと、春樹は思っていた。
そんな話から色んな話に繋がり、めちゃくちゃホッとした。悩んでいたのがバカらしくなるほど、その後も下野との会話は弾んでいく。話が尽きないとはこのことだ。
「いいって…明日は朝早いから。美桜の家は近いから電車ですぐ行けるんだ」
「いーや、ダメだ、春ちゃん。今日は遅かったし疲れてるだろ?平日の仕事も忙しいって言ってたし。無理すると疲れがとれないぞ。そういえば、春ちゃんの家ってどこなんだ?」
下野は、春樹がひとり暮らしをしていると、蓉から聞いたと言っている。
「あははは、実は寛人のマンションの前。川を挟んで、前のマンションに住んでるんだ。さっきは言いそびれた」
今度は素直に告白することができた。電話だと素直になるのかもしれない。顔を見ることはないから、ドキドキが少し落ち着くのかもしれないと春樹は思った。
だから、さっき教えてくれた下野の家は、川を挟んだ春樹のマンションの前で驚いたと、笑いながら伝えた。
「ええっ!マジでっ!俺の家の前?どのマンション?えっ!どこ?俺、見える?」
電話で話をしながら下野はベランダだろうか、外に出ているようだった。
「えー…見えるかな。暗くてわかんないかも…しかし、凄いところに住んでるんだな、寛人は」
春樹も通話しながらベランダに出てみた。さっきまで雨が降っていたが、雨上がりの夜空は意外と澄んでいて綺麗だった。
川の反対側にある下野のマンションは、春樹のマンションとは違い高級マンションである。下野は、そのマンションの最上階に住んでいるという。
そこは最近出来たばかりのマンションであり、高層マンションだから、春樹の部屋からは、最上階なんてかなり上の方で見えにくい。
春樹は、口を開け見上げていると、マンションの上の方から、チカチカと点滅する光が見えた。
「あれ?なんかチカチカしてる?」と、春樹が言うと「スマホのライトをタップしてる」と下野が答えた。
春樹もベランダから上に向かい、スマホのライトをタップしてライトをチカチカと点滅させ、合図を送った。
「うおおおお!見える!春ちゃんだろ?」
「寛人の点滅も見えるよ!」
二人でチカチカと合図を送り合った。
大の大人がスマホをタップさせて、チカチカとライトを点滅させているのが、何だかくだらなくて、電話越しでお互い爆笑する。二人で笑っては「なんでこんなに面白いのだろう」と言い合った。
それに、そこに下野がいるとわかるだけで、何となく嬉しい。
「近いな!こんな近いところに住んでたんだな。春ちゃんは、いつから住んでるんだ?」
「んーっと、寛人が関西に行った後すぐにここに引っ越ししてきた」
下野が住む最上階は遠い。だけど、チカチカと下野が点滅している光は確認できた。
ベランダに出て見上げれば、そこに好きな男が住んでいる。遠くてよく見えなくても、チカチカと合図を送り合うことが出来ただけで、かなり嬉しい。必要以上にそっちの方向を見上げてしまう。
それは、昔作った二人だけのルールが、また出来たように感じた。
顔が見えない電話では、色々な話をした。
実際に会うよりも、電話の方が素直に話が出来て距離が縮まったように感じる。
話の流れもあり、結局、明日は美桜の家まで下野が車で送ってくれることになった。
どうしても送らせて欲しい、少しは役に立ちたい、ご近所さんだし…と、何度も繰り返し下野に言われてしまったからだ。
「じゃあ、明日は春ちゃんのマンションの下に車を停めて待ってるよ。朝8時だな」
「うん…送ってもらうだけなんて、なんか申し訳ないけど…」
「いいんだって!ご近所さんになったんだし、少しは頼ってくれよ。なっ?」
最後にまた下野は『ご近所さん』と笑いながら言い、電話を切った。
身体が震える。
ベランダに出ていたから肌寒くなったんじゃない。だって身体は熱くてたまらないんだ。それなのに震えている。
それは、好きな男の声を耳元で聞いていたから。余韻が残っているから、身体の芯が熱くなり震えている。
春樹は下野のTシャツを着てベッドに入った。最近は特にこのTシャツをよく着るようになった。
電気を消すとあの日を思い出す。下野と裸で抱き合った日のこと。遠い日のことだ。
ベッドの下からディルドと、最近買ったローションを取り出した。
最初の頃は、お尻の方からディルドを股に挟んでグリグリと擦り付ける遊びをしていたが、今ではそれだけでは物足りなくなってしまった。
電気を消してもカーテンの隙間から、夜の気配が漏れて入り込んでくる。さっき下野が送ってくれたチカチカと点滅する合図は嬉しかった。
それに電話口では『春ちゃん』と、何度も名前を呼ばれて嬉しくなった。
「寛人…」と、何度も呼んでみた。
今もベッドの中で名を呼んでいる。
最近、ローションを塗ったディルドをお尻の孔に押し付ける行為をしている。下野のペニスを押し付けられるのを想像してしまい、ディルドの先端を孔に押し入れては、ひとりで興奮している。
「…んん…ふぅ…っ、」
ディルドの先端がクチュッと音を立てて春樹の孔の中にめり込んでいく。
この遊びを始めると、どうしても声が漏れてしまう。自分の声が部屋に響くと恥ずかしいから布団を頭からかぶっている。
後ろからめり込ませたディルドを、クチュクチュと揺さぶり、少しずつ奥に埋め込んでいく。
お尻の入り口から少し奥に、出っ張りがあるようだ。そこをディルドの亀頭でグリグリと押すと射精感が強まる。
「んん、はぁ…」
今日は下野に会えた。電話で話まで出来た。耳元には下野の声がまだ残っている。
『春ちゃん』と呼ぶ声に、何度も身体をビクンと震わせていた。
あの声で名を呼ばれながら、後ろにペニスを入れて欲しいと、いやらしいことを想像してしまう。
「あぁぁ、ん、で…ちゃう…」
もう何年も前のことなのに、今でもよく覚えている。春樹は目を閉じて、あの時の熱い男のペニスを思い出し、射精していた。
ともだちにシェアしよう!