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第40話 春樹

「春!またこの女だよ!この隣にいるのは絶対、下野さんだね。なんなの、これ」 双子を連れて実家に遊びに行くという美桜(みお)からの連絡で、春樹も双子に会いに実家に遊びに来ていた。金曜日の夜に会社から実家に直行している。 美桜が怒りながら見ているSNSは、下野の身近にいる女性だという。 見て、という美桜の言葉に誘われて春樹はチラッとスマホの画面を覗いてみる。食事をしているところだろうか。美味しそうなご飯が写っていた。 「これさ、料理を写してるようで、自分と隣にいる男との関係を匂わせてるんだよ」 「えっ?そうなの?美桜すごいね推理?」 春樹が見たところ料理の写真のように見えるが、美桜に教えてもらい、よく見ると、そこには男性の腕と、その腕に寄り添う女性の手が写真の端の方に写っていた。 SNSの日にち見て、下野との会話を思い出す。この前、電話で下野は飲んできたと言っていた。その時の写真かもしれない。 あの日下野は電話で『飲んでも手を繋ぐ人はいないから寂しいなって思ってな』と言い、笑っていた。 何となく、下野は手を繋ぐ行為が好きなだけで、相手は誰でもいいように春樹には聞こえた。 昔ルールに入れていた『飲んだら手を繋ぐ』というものも、別に春樹ではなく誰でもいいんだろうなと思えてきた。 SNSの写真は、寄り添って写っているからきっと手も繋いでいるんだろう。 相手が春樹でも、飲んだら平気で手を繋ごうという下野だ。寄り添うくらいの女性がそばにいれば、そりゃ手を繋ぎたいと考えるのが自然だ。 「下野さんを完全に狙ってるし、この女のSNSは全て匂わせなんだよ。春!大丈夫か?下野さんと連絡は取れてる?」 美桜は交友関係が広いため、自身のネットワークを使い、下野の近くにいる女性とその女性のSNSまで特定していた。その女性と思われる人のSNSを今確認している。 春樹が半信半疑でいると、今の時代、特定することなんて簡単だし、普通のことである。このSNSの女性も同じようなことをしているはずと、美桜は言っていた。 「もう、なんだそれ…匂わせとか。下野は今、関西で仕事が忙しいって言ってたし…」 春樹自身はSNSをやっていないから、よくわからない。だけど美桜は毎日チェックしているようだった。 「いや〜、やってんねぇ…この食事の写真のハッシュタグに『尊敬してる』なんて入れるか?あ〜やだやだ、この女。それに『いつもありがとう』とかも入ってるし。うげぇっ…『幸せな日です』だってよ。かんっぜんにっ!匂わせですな」 以前下野を見かけた時、女性が一緒だった。このSNSの人はその女性なのか、違う人なのかわからない。 だけど、あの時見かけた女性は、髪が長くスタイルがいい人だった。横顔だけしか見えなかったが、数秒凝視していたので、忘れられない。それに、見かけた時は、下野の腕に手をかけていて親しげな感じだった。 多分、彼女なんだろうな。 付き合っている人だと思う。 下野に恋人がいないわけがない。 いつか下野に『彼女なんだ』と告白される時が来るのだろうか。それは、どのタイミングで言われるのだろうかと、考えると怖くてたまらない。 「美桜!春!」と母が呼ぶ声が聞こえた。今日は実家で母が大量にご飯を作ってくれている。春樹も美桜も大食いなので、母のご飯は本当に助かるし、嬉しい。 双子を連れてダイニングまで行くと美味しそうな匂いがしていた。 「離乳食も終わったし、チビたちは今、うどんとか麺類が好きなんだよね。ああ〜ママのご飯久しぶりで嬉しい!」 双子にうどんを食べさせながら、唐揚げなどを摘み美桜は嬉しそうにしている。 「俺も、母さんのご飯は美味しいから嬉しい。ひとり暮らしだと中々自炊は出来なくてさ。コンビニばっかりに頼っちゃうよ」 「これからどうする?ママに作りに来てもらうか」と美桜が笑いながら言っていた。 「そうだね」と春樹も笑いながら答える。 父が会社を引退した。引退をきっかけに、父と母は鹿児島に引っ越し、そっちで暮らすことを決めたそうだ。 急なことで春樹も美桜も驚いたが、父からは「ちょっと前から考えていたことなんだ」と言われた。 だからもう頻繁に母の作るご飯は食べられなくなる。 「二人共、今日は泊まって行くでしょ?」と、母に言われる。 引っ越しをする父と母なので、実家の片付けもある。今日は泊まり、また近いうちに何度か手伝いに来ようかと思っていた。 父と母の引っ越しは、前から計画していたというが正直寂しい気持ちもする。 美桜は旦那さんと子供に囲まれて幸せそうである。羨ましいといつも思っている。 こう考えると、春樹はこれからの人生、ひとりぼっちになるんだ。 春樹は昔も今も変わりがない。それに、結婚はしないだろうと思っている。このまま年を取っても、同じ生活の繰り返しなんだろうなと思うと急に寂しくなる。 そんなことを考え始めると、最近、あまりいいことがないように思いはじめた。 下野とは連絡を取っているが、あれから全く会っていない。 会えていない時に、下野の近くに女性がいるとわかると、態度には出さないが、かなり落ち込む。 華やかな場所で活躍する下野だから、周りも華やかな人が集まるのだろう。 それに、下野と昔よく行き、この前久しぶりに待ち合わせをしたバーシャミが、いつの間にか閉店していた。二人の思い出の場所もひとつづつ無くなっていく。 こんな風に気分がアップダウンするのであれば、下野と連絡を取らない方がいいんだろう。その方が、何も考えずにすむ。モヤモヤと嫌な気持ちにならないはずだ。 「俺の幸せは、チビたちの成長かなぁ。もっとお喋り出来るようになったら、話し相手になってもらおっと」 春樹は、気分を変えるようにそう言い、立ち上がり母の手伝いを始める。 母の作るご飯を美桜と二人で平らげると、相変わらず凄いわね…と母は呆れたように言うが、ちょっと嬉しそうであった。 春樹のスマホをテーブルに置いておいたら、双子のひとりがそれを手にして遊び始めていた。片付けをしていたから、横目で見ていたけど、どうやらどこかに電話をかけているようだった。 「も、も〜し!」と双子のひとり、(あお)が耳に当てて話をしている。美桜の真似をしているようで可愛らしいが、電話口から「春ちゃん?あれ?」と声が漏れて聞こえてきたから焦る。 「(あお)!ごめん、電話かして?春にちょうだいだよ?いい?」 碧はキョトンとした顔をしたが「あいっ」と機嫌良く春樹に渡してくれた。 そのまま受け取ったスマホに「もしもし」と言うと、やっぱり相手は下野であり、間違えてかけてしまっていたことがわかる。 「春ちゃん?あれ?どうした?」 「ごめん!チビが間違えて電話かけちゃったみたいで…」 春樹は電話口で謝るが、電話の相手である下野の後ろでは、ザワザワとし、賑やかな声も聞こえてくる。金曜日の夜、繁華街にいるような雑音だった。 「あははは、間違えてかけたのか!今のは佐藤さんとこのチビちゃんか?俺は大丈夫だよ。そうだ春ちゃん、夜電話できる?」 「えっ…えっと、今、実家だから無理…」 「そっか…そしたらまたメッセージ送るから!それならいいか?」 「うん…」と春樹が返事をした時、電話口の下野から「ほら〜、着いたよぉ」と甘えた女性の声がはっきりと聞こえた。 「えっ!あっ、あ、春ちゃん?ごめん、また連絡する」 と、焦る下野の声を聞き、また「うん」と言いながら春樹は電話を切った。 一番知りたくなかったことを、あっさりと知ってしまったようだ。 遠く離れた場所に下野はいる。 自分とは違う世界にいるんだなと、改めて突きつけられたような気分だった。

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