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第41話 下野

関西の問題は、収拾がついたので下野は伊澤と一緒に一足先に東京に戻ることになった。 バタバタではあったが、やっと空港のラウンジまで到着することができた。最後の最後まで、井上に距離を詰められて、下野はぐったりしてしまった。 「社長、関西のトラブルが予定外だったので、東京に戻ったらほぼ休みは無いと思ってください」 伊澤が表情を変えずに、淡々とスケジュールを口にする。 「そうだよなぁ、今は東京がメインで、もうすぐオープンだもんな」 銀座のビル一棟を、下野の会社がプロデュースすることになっている。既に世間では話題となっており、社内もオープンに向けてめちゃくちゃ忙しく動いている。 「そうですね、ビルの一階に入るデリカテッセンはもうすぐオープンですから、色んな媒体のインタビューも入ってます。何度もくどいようですけど、スキャンダルは、絶対やめてくださいよ」 「別に俺、芸能人じゃねぇし…」 スキャンダルなんていうから、そんな大袈裟なこと言いやがってと、文句を言ったら伊澤から強烈に冷たい視線と言葉をもらった。 「隙だらけの男がよく言いますよ…社長がチャラチャラしてるっていう噂が流れるだけでも、会社の評価は下がります。そうなるとどうです?上手くいく仕事も、上手くいきませんよ」 「…わかりました」 素直に従っているのに、伊澤はまだ小言が止まらない。 「これ…見ました?井上がまた匂わせ投稿してます。もうね、社長は降参して井上と付き合うか、もしくは、東京にいる本命を口説き落として付き合うか、どっちかに落ち着いてください!出来れば今すぐ!」 伊澤に「これ…」と言われ、見せられたのは井上のSNSである。新しい写真が投稿されていた。本当に俺は隙だらけのようだ。いつの間に撮ったんだろうと、下野はその写真を見て考えていた。 さりげなく腕を組まれていたり、大勢いるのに二人だけで食事をしているような写真の撮り方は、もうなんだか『ブラボー』と言いたいくらいだと、それを見て下野はゲラゲラ笑ってしまった。 だけど伊澤はその写真を見て、共犯者がいるという。多分、井上の近くにいる女性は全員共犯者ですよと怖いことを言っていた。 「みんなが写真をバシャバシャ撮って、井上さんに送ってるんですよ。で、それっぽいところだけ切り取ってSNSにアップしてるんでしょう。女の中のボス的存在なんですね、井上さんは」 と、伊澤は舌打ちをしながら言っていた。 「しょうがねぇだろ、撮られたものは。めんどくさいだけで、別に悪いことしてるわけじゃねぇし…っていうかよ、伊澤、俺に本命がいるってよくわかるな」 「わかりますよ、春ちゃん?でしたっけ?早く口説き落として下さい。じゃないと、井上がまた近くに来て面倒です」 「俺だって頑張ってんだよ?だけど、失敗したくないからよ…だけどなぁ…」 ぶつぶつと文句を言うと、倍になって伊澤から文句が返ってくる。出来る男は本当に口が達者だと思う。 そんなことを話しながら飛行機にのり、東京まで帰ってきた。 明日は朝早くからインタビューと、打ち合わせが立て続けに入っているという。 「明日のお昼は車の中ですから」と、言う伊澤と羽田で別れ、タクシーで自宅まで帰ってきた。 久しぶりの家はひんやりとしていた。ひとり暮らしだから閑散としていて、部屋の中も殺風景だ。 ベランダに出て、春樹のマンションの方を見る。夜で暗いが、ポツポツと明かりがついている部屋が見える。春樹の部屋はどこなんだろう。 春樹に『東京の家に戻ってきた』とメッセージを送り、スマホのライトをチカチカと点滅させてみた。 メッセージを見たら、ベランダに出てきて見上げてくれないかなと思ったからだ。 チカチカさせたり、やめたりを繰り返していたら、遠くの方で同じくチカチカとする光があった。 スマホを確認すると『おかえり』と春樹からのメッセージが届いていた。遠くでチカチカする光は春樹のようだ。 「…もしもし?春ちゃん?今、大丈夫?」 思わず慌てて電話をかけてしまった。いつもなら、電話をしてもいいか?と聞くのだが、春樹がベランダからチカチカと合図を送ってくれていたとわかり嬉しくなったからだ。それに、今日はすぐにも声が聞きたくなっていた。 「おかえり。寛人のチカチカが見えてたぞ。近所迷惑って言われないか?」 春樹は電話口でゲラゲラ笑っていた。 「言われないよ、誰に言われるんだよっ!ベランダから空を見て、チカチカ迷惑だぞっ!って宇宙人に言うのか?」 あはははと、下野の話を聞き春樹はまた笑ってくれたので、嬉しくなり下野も一緒に声を上げて笑った。 今日は少し春樹に甘えたくなってしまう。仕事が忙しくて疲れているからなのか、明日から休み無しと言われたからなのか。それとも、春樹の近くに帰って来れたという安心からなのか。 「…関西、大変だったな。もう大丈夫か?」 「うん、もう大丈夫だ。収拾ついたし、後は部下が対応してくれてるから問題ないよ。それより、明日から東京での仕事が忙しくなりそうなんだ。休み無しだってよ」 あーあ、と大袈裟にため息をついたら、春樹は「そうか、頑張れ」と小さな声で答えてくれた。 「あっ、そうだ。バーシャミが閉店になっちゃったぞ?寛人、知ってたか?」 春樹が残念そうな声を出している。 「春ちゃん、近所だから店の張り紙見た?ジロウさんがさ…あっバーシャミのマスターな。ジロウさんが新しい店を銀座にオープンさせるんだ」 下野プロデュースの銀座のビル最上階にオープンしてもらいたいと何度も口説き、やっとジロウは決意を固めてくれた。 だからジロウは今、新しい店のオープンに向けて忙しく準備をしている。 そのことを春樹に伝える。 「じゃあ、寛人がジロウさんの店をオープンさせるのか?」 春樹は驚いた声を上げていた。きっと目を丸くしているだろう。そんな顔もすぐ想像できるほど下野は春樹を知っている。 「いや、オープンするのはジロウさん本人だ。俺は仲介ってとこかな。まぁ…ジロウさんの店が入って欲しいって口説き落としたのはうちの会社だけど。ビル一棟をうちの会社でプロデュースしてるんだ」 「すごいなっ!寛人!うーん…本当に大きな仕事をやっているんだな」 春樹に褒められると嬉しい。駆け引きがない真っ直ぐな春樹の答えが好きだ。 その銀座のビル一棟の仕事も、あと2、3ヶ月で終了となる。 各フロアの店がオープンとなり、一階はデリカテッセンの店が入り、華やかなビルになるだろう。今から話題にはなっている。 「あっ!春ちゃん、それでな、ジロウさんのレストランが、レセプションするんだって。俺も呼ばれてるんだ。だから、その時は一緒に行ってくれ!そこは頼む!よろしくお願いします!」 さっき伊澤に言われたことを思い出した。 ジロウがオープンするレストランでは、オープン前のレセプションパーティーをするそうだ。そこに下野も招待されていると、聞いた。 東京の本命を誘いレセプションに行ってくださいと、伊澤から強目に言われていた。 『必ず決めて下さいよ。もうフラフラ、チャラチャラしてないで』と余計なひとことも言っていた。 「えっ!バーシャミのマスターの新しい店?行きたい!行きたい!あっ…でも、俺でいいの?」 即返答してくれた春樹は、一瞬躊躇っているようだった。戸惑いがわかると、こちらも焦ってしまう。断られたらどうしようと思ってしまう。 「春ちゃん!俺は春ちゃんと行きたいんだ!だから頼む、そこは予定をどうしても空けておいて欲しい。お願い出来るか?お願い…」 最後は「お願い」と祈るように言ってしまった。よく考えるとカッコ悪いし、何を言ってるんだと思うけど、なりふり構っていられなかった。 「あはは、何でそんなに必死なんだよ…いいよ、行くよ。ありがとう、俺も誘われて嬉しい。日にちがわかったら教えてくれ」 い、いやったぁー!と…心の中でめちゃくちゃガッツポーズをした。 伊澤、ありがとう。デートの約束を取り付けることができた。明日の昼飯は車の中でも全く問題ないぞと、伊澤に向けて心の中で報告をする。 「…よし。日程が決まったらすぐに連絡するな。約束だぞ?それからさ、」 その後は、久しぶりの春樹との電話は盛り上がった。朝なんて来なけりゃいいのにと思うほどだった。

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