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第43話 下野
銀座のビル一棟をプロデュースする仕事は順調に進み、今日はビル1階のデリカテッセンの店がオープンとなる。
2階から上の高級レストランは、来月以降にオープンを予定しているが、先行してこのデリカテッセンでは、各フロアのレストランの味を惣菜として今日から売り出すことになる。
今日はオープン初日なので、メディアや関係者なども朝から集まり、店の外までかなりの人が押し寄せていた。
「社長、次は女性雑誌のインタビューです。これが終わればちょっと時間取れますので、食事に行きましょう」
伊澤が別の対応に追われている間に、井上がここに来て仕切り始めていた。
「井上さんは、自分の仕事に戻って欲しい。俺は伊澤からスケジュール聞いてるし、ひとりでこなせるから、」
多くの人がいるので、井上だけに聞こえるように耳打ちして伝えた。井上に恥をかかせないようにという配慮だ。
「私の仕事は片付けてきましたから、大丈夫です…」
と、井上も背伸びをして、下野だけに聞こえるように耳打ちをし返事をしてきた。井上は、やけに小さな声で話をするから、耳を澄ませていないとわからないほどだ。
どうでもいい返事の内容なのに、井上は周りに見せつけるよう、親近感盛りだくさんな感じで返してくる。
それに、背の高い下野に向かい『少し屈んで』というように、スーツの袖を軽く井上に引っ張られた。だから無意識に下野は井上に従い屈んでしまった。
「あの、お世話になります…」
屈んで井上の話を聞いていたら、前から女性の声が聞こえる。
「あっ、お待ちしていました。いつもお世話になっておりますぅ…」
と、下野に耳打ちをしていた井上はハッとして下野の腕から手を退けて、女性と挨拶を交わしてた。
「社長、雑誌のインタビューです」
井上と挨拶を交わしていたのは、女性雑誌のインタビューアーだったようだ。
「初めまして。よろしくお願いします」
笑顔で挨拶を交わし、写真を数枚撮りインタビューを行った。
インタビュー中も井上の世話焼きが炸裂してたから、終了と同時にそのインタビューアーから「社長と仲がいいんですね」と井上は言われていた。
「あっ、いえ…その…」
と、何故か井上は恥ずかしがる反応をしている。
それを見て、全体的にちょっと演技っぽいんだよなぁ、白々しいっていうか…と、井上の態度に下野は内心うんざりしていたが、笑顔を崩さずにいた。
今日はオープン初日だから不機嫌になってはいけない。
「じゃあ、社長。今から時間取れますからランチ行きましょう」
「えー、いいよ、俺は」と言いかけた時、後ろから肩をたたかれたので振り向いた。
「おっ!海斗…えっ、あっ!春ちゃん?春ちゃん!来てくれたのか?春ちゃん!」
海斗と一緒に春樹が来ている。久しぶりに春樹に会えて舞い上がる。
いつも電話だけで会えていなかったから、春樹に実際会えて感動する。
「下野さん、俺もいます…」
「おっ、陸翔!元気か?来てくれたんだな、ありがとう」
海斗の後ろから陸翔に声をかけられる。昔から知ってる顔に会えて嬉しい。
「今、来たのか?」
「いえ、さっきからいましたよ。下野さんがインタビュー受けてたのを見てました。相変わらず、下野さんはインタビュー慣れしてますね」
海斗が笑って答えていた。先週、海斗にはオープン初日に行くからと言われていた。だけど、春樹が来るのは知らなかった。嬉しいサプライズだから、機嫌が一気に良くなる。
「あっ、そうだ。お茶する?今から時間取れるから、そこのカフェ行こう」
春樹を見ると微妙な顔をしていた。毎日メッセージを送り合い、電話も頻繁にしているから、いつもの電話のように話しかけたのだが、若干うつむき気味であり、ちょっと雰囲気が違っているから、あれ?と思った。
「社長、私がそこのカフェの席を抑えてきますから、ゆっくり来てください!」
井上がまた仕切り始めた。ちょっと待て!と言い出す前に、陸翔が「俺も行きます」と、何故か張り切って井上の後を追っていた。
「あの人、下野さんの秘書?」
海斗が顎をしゃくるようにして井上の背中を指した。
「えっ?違うよ。彼女は営業担当だから。俺の秘書は別にいるんだけど、今日は色々と対応に追われてる」
三人でカフェの方に歩き始めた。チラッと春樹を見ると目が合った。
「春ちゃん、来てくれてありがとうな」
「あ…うん。オープンおめでとうございます。すごい人だな」
海斗がいるからなのか、何だか春樹はおとなしい。それに少し他人行儀な話し方であり、やっぱり引っかかりを覚える。
海斗も春樹の変な空気を感じたようで、珍しく気を利かせて話しかけていた。
すぐそばにあるカフェに到着すると、井上と陸翔が既に楽しそうに会話をしているのが見えた。陸翔はこの辺のフットワークは非常に軽い。
「あっ、こっちです!ここです!」
陸翔が手を上げ、その後に井上も続いて手を上げている。
5人座れるようにセッティングしてくれたらしい。またここでも井上に仕切られてしまう。伊澤には『どこに行ってんだっ!』と、下野はすぐにメッセージを送った。
「社長、ご飯軽く食べてくださいよ。この後も今日は続きますから。今、食べないともたないですよ?」
茶目っけたっぷり、下野の世話を焼く井上を、全員が見ている。下野だけは、頼んでもないのに仕切ってるっ!と、心で叫んでいたが、井上にまた配慮して言えずにいる。
「井上さんはテキパキと何でもこなしますねぇ。さすが秘書ですね!」
陸翔がまた勘違いしたことを言い出していて、下野は頭が痛くなる思いをした。
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