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lovey dovey 第2話 春樹
フィエロのレセプションの日に打ち合わせをした井上との仕事は、流れたと思っていたがそうでもなく、陸翔が引き続き担当し進めていた。
仕事の内容は、下野の会社が運営しているデリカテッセンと、春樹の会社の商品をコラボ化させるそうだ。ターゲットは、小さな子供がいる家庭向けだという。
その関係で、春樹のいるマーケティング部は一層忙しくなり、帰りが遅くなる日もあった。仕事は忙しいが、プライベートは順調で、下野との関係は良好だった。
結局、下野とは両思いだったらしい。何年間もお互いに好きだと思っていたことがわかり、今はもう世間でいうラブラブな時を過ごしている。
『ラブラブだ』とは、下野が言った言葉であった。下野は常に春樹に、俺たちはラブラブだ!と、ふざけて言っている。
ラブラブな時期とは誰でもそうなのだろうか。家の中では誰も見ていないから恥ずかしさはなく、キスをしたり、抱き合ったりと、忙しくしている。それに、一緒にいる時は、必ず相手のどこかに触れていないとダメなようである。
何がダメなのか?と言われたら答えられない。恋人が出来たのは人生初であるため、自分の行動含めてわからないことだらけである。
だってそう…おかしなことが起きている。
部屋の中ではいつもお互いどこかしらをくっつけて過ごしている。手を繋いでいたり、肩をくっつけてたり。少しでも離れると急に寂しく思う。
好きだと口に出していうのも恥ずかしくなくなり、どっちがどれだけ相手のことを好きでいるか、いや俺の方が好きが多いんだなどの言い合いもしている。新しいルールに『想いは口に出して伝える』が追加されたから、それを実践しているんだけど。
仕事をしている時間は、何度もメッセージを送り合っているし、それにほぼ毎日どちらかの家に行き寝起きを共にしている。家が近くて良かったなと思っている。
朝起きて、それぞれが会社に行かなくちゃならないというのに、離れがたくなり、時間ギリギリまでうだうだと抱き合ったりしている。たまに、たまーに、セックスが始まってしまうこともある。朝から発情期全開、本能で生きてるようで恥ずかしい。
うーん…これはおかしいかなと、春樹は考えるが、やはり初めての感情なのでわからないという結果になる。
それに…なんなんだこれはっ!という気持ちも湧いてきている。
昨日も一昨日もその前も…夜は一緒に過ごし、朝はどちらかが少し早く家を出て、相手を見送ることをしている。
なのに、今日の夜、下野に会えた時は久しぶりだという気持ちが込み上がり、会えて良かった!やっと顔が見れた!ありがとう!と、本気で思っている自分がいる。
やっと会えたというのは、単純に会いたかったという気持ちもあるが、もしかして何かのハプニングで怪我や病気をしてるんじゃないか、もしくは事故に巻き込まれていないだろうかと、不吉なことも考え始め、勝手に下野のことを心配してしまうことがある。
今朝は元気だったのに、もしかしたら夜は家で会えないかも…なんて考えてしまう。
今朝まで一緒にいたが、夜に家で会えたのは奇跡かもしれないと思ってしまうのだ。
だから、実際会えると、会えてよかった!ありがとう!という気持ちになり、胸がぎゅーっと締め付けられる想いもする。それを下野に伝えたところ『わかる!俺も!』と、力強く返事をされ抱きしめられた。
これを毎日繰り返している。
これは何なのだろう。
俺たちがおかしいのかもしれないと、真剣に春樹は悩み、それとなく美桜に相談してみた。すると、美桜は呆れた顔をしてそれがラブラブな時期なんだ、ほっとけばいいと、教えてくれた。
ラブラブな時期とは、世間的にはみんな同じようにあるらしいとわかり、少し春樹は安心した。
だからなんていうか…常にイチャイチャしているというそんな自覚はある。
意外なこともある。今度は外でイチャイチャするのが恥ずかしくなったことだ。外で手を繋ぐのが、春樹は恥ずかしい。
二人で作った『飲んだら手を繋ぐ』というルールが、今まで何も気にせずに出来ていたことが自分でも信じられない。
よくもまぁ、恥ずかしくもなくやっていたと、自分に呆れるところもある。
外で手を繋ぐのは気が引けると伝えても、下野は全く気にしないらしく『へぇ』とか『ふーん』とか、他人事のように言い、外で飲んだ後は気にもせずに『んっ』と手を出してくる。春樹が恥ずかしいと言っても本人は何も変わらず、気にせず、相変わらずという感じだ。
そんな堂々としている下野を見ると、気が抜けて笑ってしまい、差し出された手を握り、繋いでしまう。
外だから恥ずかしいとは言うものの、結局春樹も手を繋ぎたい気持ちはある。大いにある。だから下野から手を出されると、まぁいいかと思ってしまい、だけどまた次の日には思い出して、恥ずかしくなり…の繰り返しだ。
そんなことを考えていたら、目の前にいる下野が立ち上がり、紙袋の中をゴソゴソと探りながら聞いてきた。
「そうだ!春ちゃん、会社で受け取ったやつ、付けてくれる?」
「う、うん…うーん…」
会社で受け取ったと下野は言う。
アレのことか…と春樹にはわかった。
今日は下野が夕御飯を作って持ってきてくれた。夕御飯を食べ終わるちょっと前に、そう下野は切り出して、紙袋を覗き込んでいる。
「持ってきたよ、ほら」
夕御飯が入っていた紙袋から小さい箱を取り出しテーブルの上にその小さな箱を置き、下野は「よろしくお願いします」と、笑いながら頭を下げていた。
箱を開くと指輪が二つ入っている。
それは結婚指輪と呼ぶらしい。
下野と初めてセックスをした日、二人共長年拗らせている想いが溢れ、タガが外れて暴走してしまった。
ローションやら何やらで、春樹のベッドがぐちゃぐちゃでドロドロになってしまったから、あの後下野の家に移動した。
だけど…下野の家でも二人は盛り上がってしまい、結局、朝まで真っ裸のままずっと抱き合って過ごしてしまった。
その下野の家に翌日の昼過ぎ、秘書の伊澤が訪ねてきて、こう提案をされた。
「おめでとうございます。お互い拗らせていた恋が実ってやっと恋人同士になれてよかったですね。まあ、長かったようで〜。他人から見たら笑っちゃうレベルですよ。さぁでは、お二人にはこの中からひとつ選んでいただきます。サイズは直せますので、すぐに手配しましょう」
秘書がしれっと休みの日に訪ねてきたのにも驚いたが、淡々とした口調で指輪のカタログをタブレットで見せられたのにも驚いた。それに恋人同士になったと何故わかるのだろうか…
「春さん?指輪をとおっしゃいました?あのですね…指輪を身につけていれば、多少の虫は避けられるから付けて欲しいんです。身につけるのは、社長はもちろんのこと、春さんもです。こんなもので牽制出来るんですから、簡単なことでしょう?これで仕事がスムーズにいくのですから、安いもんです。わかりましたか?」
『なんで、指輪…』と、小声で言った春樹の独り言を伊澤に拾われてしまい、ピシャッとはっきり答えられてしまった。
伊澤の言葉に下野は「はいっ!」と即答し、いい返事をしていたが、春樹は何がなんだかわからず、絶句していた。
男同士の恋人である。その二人は、会社の社長である男と、取引先の男であるが、そんなこと伊澤には関係ないようで、淡々と話を進めていく。
指輪を身につけることで、井上のような存在を遠ざけ、仕事に集中することができると伊澤は言うが、井上のような存在を遠ざけるためとはいえ、結婚指輪なんて大切なものを、そんな簡単に決めていいのだろうか。
ましてや、下野ほどの男が結婚もしていないのに、結婚指輪と呼ぶものを付けても良いのだろうか。これから、将来下野は結婚しないのだろうかなど、次々と頭の中に色んな言葉が浮かぶ。
「春ちゃん、色々考えてるな?他を牽制するって理由より、春ちゃんと俺が共に生きていく約束のために、俺たちの指輪を選択しようぜ」
『指輪』を二人の約束にしようと、下野は言う。共に過ごし、共に生きていく。ひとりではなく、二人で生きていく約束だと、そう下野は言っていた。
その場にいた伊澤は「それなりの理由をつけますね〜」と言って笑っていた。
結婚だか何だかと、色々考え込んでしまったが、下野に言われるとそりゃそうだと思ってしまう。それに、共に生きていく約束と言われると、春樹も同じ気持ちだった。
結局、下野に誘導されながら指輪を決めた。それを今日、持ってきたと下野は言う。
「付けてみていい?」と言いながら、箱の中から小さい方の指輪を指で摘んでいる。コクンと春樹が頷くと、下野は春樹の手を取り左手の薬指に、それをはめてくれた。
幅の細い指輪だ。身につけていても気にならず、つけているのを忘れそうな程、軽くて存在感もない。指輪を付けると身構えていたが、案外なんてことないような気がしてきた。
「寛人も付ける?」と春樹が聞くと、うんと言い頷くから同じように指輪を摘み、下野の左手の薬指に春樹がはめてあげた。
当たり前だが、二人共サイズがぴったりだった。伊澤がサイズ直しに出してくれていたからだ。
「なんか、付けてるか付けてないかわかんないくらいだな…もっと大きくて、幅の太いのでもよかったかもな」
「いや…俺はこれでよかったと思う。付けてるのを忘れるくらいのがいいなって思ってたし。でも、寛人は付けてて本当にいいのか?」
「もちろん!あの時は色々理由つけたけど、これから二人で作る約束はこの指輪を見れば忘れないんだろ?そう思ったら必要だよな。最初の約束は、春ちゃんと共に生きていくと、これに誓うよ」
「指輪ってそういう意味があるのかもな。そうか…じゃあ、これからよろしくお願いします」
春樹も下野にぺこりと頭を下げて挨拶をした。少し照れくさかった。
春ちゃん!と呼ばれ、ガバッと抱きついてくる。抱きついてくる下野と一緒に笑いながらベッドに転がり込んだ。
キスをしながら手を絡ませると、つるっとした微かなものに触れた。指輪だ。
身につけてるのも忘れそうなくらいなのに、抱き合っているとやたら目に入ってくる。指輪って不思議だ。
「この指輪、自分が付けてても気にならないんだけど…寛人が付けてるのは目で追ってしまう。何でだろう」
「俺も!春ちゃんの付けてる指輪は、ガン見したくなる」
はははと、声を上げて下野は笑っていた。
春樹はそんな下野を横目で見てから、自分の手のひらを広げて指輪を眺めてみた。
やっぱり自分の指に付いている指輪より、下野の指に付いてる方が目を引くように感じる。何でだろうか。
下野は、ごろんと横を向いてその春樹の様子を見ていた。見られているなと視線を感じたので、横を見ると下野は真剣な顔で春樹に言った。
「春ちゃん、俺は君を愛している。これから先は絶対離さない。生涯共に過ごして一緒に歩んでいくって約束する」
春樹は頬と唇を指で撫でられた。
「こちらこそよろしく…お願いします。俺も、寛人と指輪に誓うよ。残りの人生は寛人のことを愛して、ずっと大切する。共に歳を重ねていこうな」
そう伝えながら指輪を撫でていたらキスをされた。
その日は、二人が仲良くなるルールから、二人で作る約束も加わった日になった。
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