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nanny 第2話 春樹
「はるぅ?どこ?」「はるぅ」
ペタペタと小さな足音が近くに聞こえてきた。大人二人がドアに向かって喋っており、しかも爆笑しているから、何か面白いことがあるんだと双子は思ったらしい。
二人は、ニコニコしながら春樹を探して近寄ってきていた。
「どうした?もうブーブーいらない?」
ご飯の後、ミニカーで二人は遊んでいたから、ここから見てはいたが、その遊びに飽きてしまったのかもしれない。
「はるぅ?だっこ」
はいはいと言いながら碧を抱っこした時、碧が下野がいる部屋のドアを薄っすら開けてしまった。ヤバいっ!と思ったが、ドアの隙間を見ると、ライオンのぬいぐるみが、スッと顔を出していた。
それを見て碧がキャッキャとはしゃぎ出し、抱っこした春樹から『下せ下せ』と全身でいいだした。優はそれを見て少しびっくりしているが興味津々である。
「あーっ、ライオンさんだね。碧、こんにちはして?出来る?」
玲司は碧がドアの中に入らないように後ろから押さえながら声をかけている。
「こんっちわっ!」
「……」
碧が元気よく挨拶をするがライオンから返事はない。春樹はハラハラしながら見ていた。春樹の足元では優が「んっんっ」と言い手を広げている。抱っこしてくれと言い、少し怖がってもいるようだ。
「ライオンさんはちょっと恥ずかしいんだって。碧、仲良くしてくれる?」
春樹は優を抱っこし、背中をトントンとさすりながら碧に声をかける。
「んっ!あお、でっきるっ」
ライオンのパペットは手や頭を動かしている。下野が必死に頑張っているのが愛おしくなる。
碧がもう一度「こんっちは!」と大きな声でライオンを触りながら声をかけると、ライオンから「…こんにちは」と声が聞こえた。野太い声に、活発な碧もちょっとびっくりしている。
「ライオンさんカッコいい声だねぇ〜。ライオンさんだから強いんだよ!だからカッコいい声なんだねぇ」
春樹が碧に声をかけた。泣かせないように大人たちは必死である。
その春樹の言葉に振り向き、碧は突然目をキラキラさせて「うんっ!」と力強く反応した。碧は強くてカッコいいのが好きなようで、春樹の言葉に喜んでいるのがわかる。嬉しそうに、ライオンをグリグリと撫でまわしている。だけど、優の方はそれを見てビクビクしていた。
「優も近くでライオンさん見る?かっこいいよ。いい子いい子してあげて?」
春樹が促すと、優も興味はあるようなので手を伸ばして恐る恐るライオンを触っていた。それでも、その後は春樹にしがみついて離れなくなった。
碧はライオンが気に入ったようで、キャッキャと動くライオン相手に遊んでいる。
碧の後ろを玲司が支えていたが、不意に手を離してしまい、その隙に碧が下野がいる部屋のドアを開けてしまった。
「碧っ!」と慌てて春樹が声をかけるがドアがバンっと開きライオンのパペットを持った下野が胡座をかき座っているのがわかった。
「あ〜見つかっちゃったかぁ。こんにちは。碧くん?」
ライオンと一緒に下野は碧にお辞儀をして挨拶をしている。身体の大きな下野であり、野太い声だから優はそっちを見ないで春樹にしがみついている。
「こんっちはっ!」
碧がライオンと下野に挨拶をしている。ちょっと怖がってるけど、下野がライオンを動かしているとわかっても遊びを続けている。春樹と玲司はホッとした。
「あのなぁ、おもちゃまだあるよ?一緒に遊んでくれる?」
ライオンが喋っているようにパペットを動かしながら下野は碧に話しかけていた。碧は下野がゴソゴソと探っている袋の中身がおもちゃだとわかり「あいっ」と元気よく答えている。下野と碧の二人は何とか大丈夫そうである。
「ありがとう…寛人。大丈夫そうだからこっちの部屋に来て」
「寛人さん、グッジョブですよ!ライオン効果いいですね」
春樹と玲司はホッとしたが、下野の方がもっとホッとしているようだった。とりあえず家では泣かれていない。
ダイニングで下野が持ってきたおもちゃを並べて遊び始めた。意外にも下野が碧と同じ目線で一緒に遊んでいるので、子供との遊びが上手いと感じる。
「碧、これわかる?何だろな…うーん」
「ペンだぉ」
「ペン?ペンってなんだ?うーん」
動物のシルエットや写真の図鑑をペンでタッチすると『ペンギンさんだよっ』とか喋り出すおもちゃが好評だった。今は二人でそれで遊び始めている。
下野が真剣に悩んでいる姿が面白いらしく、碧は大興奮でケラケラと笑って、下野の側から離れないでいる。
「優も行く?一緒に遊んでみる?」
春樹がまた声をかけるが、優はイヤイヤをし、頑なに拒んでいる。ものすごく気になるが勇気が出ないようだ。春樹にずっとしがみつきながら、碧が下野と楽しそうに遊んでいるのを、羨ましそうな顔をして見ている。
「明日からどうするんだ?玲司くんの仕事は遅い?」
下野は遊びながら声をかけてきた。春樹も仕事があるので、ここはもう玲司と春樹の交代で保育園の送り迎えをやるしかない。
「そ、それが…明後日から出張が入ってて。日程的にズラせないんですよねぇ」
のんびりとした口調で玲司が話し始める。本人は焦っているようだが、のんびりと優しい口調で話をする。
「えっ!玲くん、出張?そっか、どうしようか。俺も仕事がなぁ、だけどひとりじゃ自信ないし…」
春樹も困ってしまった。子供ひとりでも難しいが双子だと全く自信はない。美桜は本当に凄いと思う。
「明後日か…じゃあ明日の金曜日から玲司くんの出張終わりまでうちに来るか?」
「えっ?」
「は?」
玲司と春樹は下野の言葉に同時に反応した。
「俺は昔、やり手の営業マンだったんだぜ。舐めんなよ〜。なぁ?碧」
「あいっ!」
いつの間にか下野と碧は、相当仲良くなっていたようだ。二人で遊んでいる姿を玲司と春樹は眺めていた。
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