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nanny 第3話 下野 

提案通り、下野の家で春樹と双子は暮らすことになった。不安はあるが何とかなるだろうと、下野は思っていた。 必要なものを玲司と春樹に聞き、金曜日の朝、おもちゃ屋が開くと同時に買い物に来た。よって、急ではあるが今日は仕事を休みにしてもらった。またしても伊澤に感謝だ。 ライオンのパペットは人気者になり非常に役に立ったので、同じ店に行き、同じ店員を捕まえて簡単に事情を伝えた。 すると、オムツやお尻拭きなど生活するのに必要なのものはたくさんあると教えてくれた。今度は必要なものを全て揃えてくれとお願いする。 チャイルドシートも必要だし、ベビーカーも必要だ。あって困ることはないが、無かったらめちゃくちゃ困るはずだと、店員の説明を聞き下野はアレもこれもと購入した。 双子を迎える準備万端になった時、保育園から帰ってきた双子と、春樹と玲司が下野の自宅まで来た。 碧がライオンのパペットを手に持ち、元気よく下野の家に入ってきてくれた。だけど優は緊張しているようで、春樹に抱っこされ目を合わせてくれなかった。優の手にはミニカーがギュッと握られていた。 「あーっ!らぁおん!」 碧が下野を見てライオンだと声を上げていた。遊んだことを覚えていてくれるようで下野は嬉しくなった。 「おっ!碧、覚えていてくれたのか!」 碧はライオンのパペットを下野に渡している。コレで遊べと言っているようだ。 「ライオンのお兄さんだね。碧、仲良くしてくれる?」 春樹が碧に声をかけるが、碧の視線は下野の後ろに広がるおもちゃに向けられた。「うぎゃーっ!」と喜びの声を上げて、おもちゃに突進していく。 下野の部屋はマンションの最上階。バルコニーもあれば部屋数も相当ある。リビングは広いので、そこにおもちゃをこれでもかっ!というほど並べて待っていた。 「碧、一緒に遊んでくれるか?」 「あいっ!!」 下野の言葉に碧は手を上げて、元気な返事を下野にしていた。 プラスチック製のレールを部屋の中に長く繋げて、電車車両をその上に走らせ、その隣にはボールプールも置いた。ブロック遊びができるようにもしてあるし、バルコニーにはミニ砂場も作っておいた。 碧が興奮して遊んでる姿に、優がうずうずしているのがわかる。春樹の腕から抜けて碧の所に行きたがっていた。 「優もライオンのお兄さんと遊ぼっか」 春樹が優にそう声をかけるとコクンと頷き、碧のいる方に春樹を連れてトコトコと歩いて行き遊び始めてくれた。 「ちょっと…すごいですね。これ、準備したんですか?お店みたいじゃないですか。えっ!バルコニーにも?すっげ…」 玲司が驚いた声を出していた。 「とりあえず何とかやってみようぜ。男が三人もいて出来なかったなんて言ったら、美桜ちゃんに怒られるだろうし」 と、いうことで手探りの子供との生活が始まっていた。 玲司の出張終わりまでとしていたが、結局、美桜の退院まで下野の家で双子を生活させようとなった。子供たちに負担はかけたくないから、このまま春樹と下野の二人で面倒を見ることになった。玲司には気にせず仕事に行ってくれと伝えている。 保育園の用意や送り迎えは下野が率先してやっていた。チャイルドシートを購入しておいて本当によかったと思っている。子供たちを保育園に送り、そのまま春樹を会社まで送った後、自宅に戻りリモートワークをこなしていた。 それ以外には、洗濯にご飯やお風呂とやることはたくさんある。在宅勤務でやってるけど、玲司のように出張が入ると子育てと仕事の両立は難しい。世のお母さんたちは凄いなと毎日思って過ごしている。 そして一番の心配は双子の気持ちである。何とかおもちゃで紛らわせていたが、夜になると『ママ…』と、ひとりが言い出す。『ママがいい…』と、もうひとりも言い出すから、二人はそろって泣いていた。 泣き疲れて寝る時もあり、下野と春樹はそれぞれ子供を抱っこしあやしていたが、そんな双子の姿を見ると胸が痛かった。 一週間の入院は長いようで短い。 全員が初めてのことであるが、二人が泣くことも少なくなってきた頃、美桜の退院も決まった。 「今日、保育園のご飯はなんだっけ…れんこんとひじきのハンバーグと、豆腐のすまし汁か。じゃあ、夜はうどんにするか。後は野菜と、鶏肉?魚?うーん、どっちか」 下野はキッチンに入り保育園の献立を手に独り言をいった。昼ごはんと被らないように毎日工夫して食事を作っている。 それに丁度、会社では子供がいる家族向けのデリカテッセンの試作品が始まっており、そちらも毎日伊澤が届けてくれているので、助かっている。 「春ちゃん、出来たよ。こっちで食べよう。優!碧!おいで」 キッチンから下野が声をかけると、きゃぁ〜と言い双子が突進してきた。そんな二人を、まとめて下野は抱き上げた。 「寛人が抱き上げると、二人は安心するんだよな。寝る時もそうだけど、体が大きいから安定感があるんだろうか」 「春ちゃんも抱っこしてやろうか?」 まあ…春樹からの返事はない。 うん、安定のスルーである。 二人も環境に慣れてきたようで、今では下野にすっかり気を許してくれている。初めて会った時、ギャン泣きだったのが懐かしいほどだ。子供と接するのは初めてだけど、毎日発見もあるし、単純に楽しいと感じることが多い。 「なぁ…春ちゃん。碧も優も、ものすごく食べるよな。遺伝か?」 生活に慣れてくると食事や睡眠も安定してくる。双子は食欲旺盛であり、見ていて気持ちがいい食べっぷりだった。 春樹と美桜、そして美桜の夫の玲司とみんな大食いである。以前、春樹に玲司を紹介されて飲みに行った時は、笑っちゃうくらい食べていた。細い男なのに凄いなあと思うほどだった。なので、双子もその血を引いているんだろう。大変頼もしい。 「え、やっぱり?そう思う?だよなぁ、そうなんだよな。この年齢の子の平均より多く食べるみたいなんだ」 幼少期に家庭との縁が薄かった下野は、自分が作った料理をたくさん食べてくれる人がいるのはこの上ない嬉しさである。ましてや、愛する春樹とその甥っ子達であれば嬉しくてたまらない。ニヤけが止まらない。嬉しさ爆発である。 「そうか!いいぞ、食べろ食べろ。食べて大きくなるんだもんな。こりゃ今日はすぐに寝ちゃうだろうな」 二人で双子それぞれに食べさせながら自分も食べ進める。後はベッドで寝かしつけるだけだ。 寝る前はあまり興奮させないようにするのも大切なことだとわかった。子供は、遊び過ぎると興奮して寝るタイミングを逃してしまうみたいだ。 下野のマンションのベッドルームは広く、ベッドも四人で寝ても余るくらいなので、夜はベッドの上で少しだけ遊ぶ。あのライオンのパペットの出番だった。 ライオンのパペットを使って遊ぶことが、寝る合図のようになっていた。 「ライオンさんが待ってるよ〜、ねんねしようか。二人共、ライオンさん呼んで!」 と、春樹が言うと二人は懸命に「らぁおんしゃん!」「らぁおんしゃん!」と、呼んでくれる。 その声を聞いて下野がパペットを手にベッドまで誘導していた。 ライオンのパペットで、いないいないばぁとか、ごっつんこ!と言いながら碧と優の頭や頬を撫でてあげると、二人はきゃっきゃと声を上げて喜ぶ。 そうすると二人は「も、っかい」「も、っかいよっ!」と、もう一度やれと何度もリクエストをもらう。 ここで激しく遊び過ぎると寝られなくなるので、春樹に怒られてしまうことがある。慎重にしなければいけない。ライオンの遊びは、加減が絶妙に必要なんだ。 ライオンのパペットは特に碧が大好きだった。そのライオンを抱っこして寝ることも多くあり、碧が深い眠りに入るまでパペットから手を離せないでいるから、下野は手が痺れてきても、いつも我慢していた。 「…寛人。もう大丈夫」 めちゃくちゃ小声で春樹に囁かれた。 隣には双子の碧と優が寝ている。 このまま双子の側で寝たい気もするけど、春樹とのスキンシップが必要でもある。 そろ〜っと、下野と春樹はベッドから降りる。双子を起こさないようにと、慎重に行動して、ベッドルームにあるソファに移動し座った。今度は双子ではなく春樹を抱っこする時間だ。 「春ちゃん、おつかれさま」 耳元で囁くように話をする。これも最近ずっとしていることだ。双子を寝かしつけた後、ベッド脇のソファで春樹を膝の上に座らせ、耳元で囁くように話をしてキスをする。下野はこの時間が好きだった。 「寛人、ありがとな」 「どういたしまして。だけど、明日でバイバイは寂しいなぁ」 明日は美桜が退院する日だ。春樹は会社を休む予定だと言っていた。朝、玲司が退院した美桜をここまで連れてきて、双子を連れて帰ることになっている。 下野は会社に出勤するから、美桜と玲司には会えそうにない。春樹ひとりに任せてしまうのは申し訳ないというと、こんなにやってくれたんだから気にするな、ありがとうと、逆に感謝されてしまう。 「寛人は明日会社だろ?遅くなるか?」 「そうだな。会社に出るのは久しぶりだから、ちょっと遅くなるかも。ずっとリモートだったからさ」 「わかった。明日はここで待ってるから」 「そろそろさぁ…一緒に暮らして欲しいんだけどな。まだダメか?」 春樹にはずっと伝えている。 一緒に暮らそうと。 お互いの家を毎日行き来しているし、双子が来てからは春樹はずっとここにいる。だけど、そうじゃなく、これから先を考えて二人で一緒に暮らそうと伝えていた。 「そうだな…一緒に暮らすか」 「マジで?春ちゃん、本当にっ?いつ?」 「シィッ!大きい声出すなよ」 小声で春樹に怒られ、口を押さえてベッドを覗き込む。双子が起きたら大変だ。 二人はスヤスヤと寝ていた。大きな声が出てしまったけど、碧も優もよく寝てるようでよかったと、振り向いたら春樹が声を立てず笑っていた。 そのまま音を立てず春樹にキスをした。 押し倒したいけど、我慢をする。 だからもう一度、もう一度と何度もキスをした。

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