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第8話

 長く長く思えた時間はあっという間に過ぎていて。  気付けばタイマーが鳴るまであと半刻。  それまでに俺たちは幾度となく交わり合い、抱き合って、お互いの存在を確かめ合った。  ──たとえそれが偽りの名前だとしても。  俺に抱き潰されたリョウタさんはベッドでうつ伏せになり、肩で息をしている。  愛しすぎて、ついつい張り切りすぎてしまった。  とりあえずリョウタさんに貼り付いた身体の汗を拭こうと、濡れタオルを持ってくることに。  濡れタオルを持って部屋に戻ってくると、リョウタさんはうつ伏せのままベッドで寝息を立てていた。  寝顔、可愛いな。    起こさないように。  起こさないように。  そぅっと、慎重に身体を拭く。 「ん…ッ、んゥ…」  負担をかけないように気を付けて体を拭いてはいたが、やはりちょっと摩擦抵抗があったようで。リョウタさんが身をよじり、うっすらと目を開けた。 「ごめんリョウタさん、起こしちゃったね」  俺の声をたよりに、リョウタさんの目が俺の場所をキョロキョロと探し出す。  探してる。  ちょっと寂しそう。  あ。  見つかった。  リョウタさんは俺に心底穏やかに微笑んで。 「おはよ。……ふーや」  少しはにかんで照れ笑いしながら嬉しそうに呟いた。 「おはよ。リョウタさん」 「うん。…んへへ、なんか照れちゃうね」  照れ混じりに呟くリョウタさんはすごく可愛い。  可愛すぎて、また襲いたくなるほどに。  いやいやまてまて。  時間は守らないと。  リョウタさんにも迷惑がかかってしまう。 「リョウタさん、あと三十分で時間だよ」 「ありがとふーや。支度しなきゃ」 「……うん」  もうすぐお別れ。  リョウタさんが帰り支度をしている間、手持ち無沙汰だった俺はなんとなく真横のローテーブルに撒かれていた整理中のトレーディングカード達に目を落とす。  そのなかに、俺の唯一の公式サイン入りが許されたカードがあって。そのカードには俺が愛用しているカードモンスター『ウィンニィ』が力強くも愛らしく描かれていた。  『ウィンニィの深海』といえば、この界隈でそれなりに名の知れている存在なのだ。  初めて公認サインを許された時、それはもう嬉しかったなぁ……。 「これサイン?」 「ぉわっ!?」  もの思いにふけっていたら、準備支度を終えたリョウタさんが横からカードを覗き込んでいた。 「ごめん、ビックリさせちゃった」 「ううんだいじょぶ。コレさ、俺のサイン入りカードなんだ」  そう言ってホログラム加工されたウィンニィのカードを手に取り、リョウタさんに見せてあげる。 「へぇ〜〜……」  リョウタさんの目がキラキラしてて、すごく可愛い。 「これがふーやの字なんだね。ふふっ……かわいぃ」  穏やかな表情でカードを見つめられて、なんだかこっちも嬉しくなっちゃって。 「……いる?」 「えっ?いいの?」 「うん。コレさ、俺の名刺みたいなもんだからいっぱいあるんだわ。欲しいならあげるよ」 「えっ……ほ、欲しい!ほしい!」 「じゃぁ……。はい、どうぞ」  俺からカードを手渡されたリョウタさんは、パアァァと晴れやかな笑顔で大事そうに両手で包み込んでくれた。 「ありがとう。すっごく嬉しい。大事にするね!」  唯一無二であるかのように大切に扱われるサイン入りカードを見て、ちょっと嫉妬する俺。  カードに嫉妬してどうすんだか。  ♪〜〜  リョウタさんの仕事カバンから着信音が鳴る。 「あっ、時間。——きちゃった……ね」  申し訳なさそうにリョウタさんがつぶやく。  もうすぐお別れ。 「また、呼ぶから。絶対に呼ぶからね」  別れたくなくて。  俺は。つい。 「あ……ッ」  リョウタさんを後ろから抱き寄せてしまった。  もうすぐお別れ。 「また、呼んでね?」 「うん。絶対呼ぶ」 「嬉しい……」 「じゃあ、またね?」 「うん、また」 「またね?」 「またね」 「うん」 「うん」 「……うん」 「…………ぅん」  離れたくない。  離れたくなくて。  温もりを。  忘れたくなくて。 「じゃあ、もう。行くね?」 「……うん…」  ──ふにッ  俺が落ち込みすぎていたせいか。  気づけばリョウタさんが俺に口付けをしてくれていた。 「またね、ふーや」 「またね、リョウタさん」  寒空の強風のなか、開いた玄関のドアは重厚な音を立てて。まるでなにかを見せつけるかのように、大きな音を立てて扉が閉まった。

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