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第2話・闇の狩人。(2)
たしかに、エメロンはそこらへんの悪魔よりとても美しかった。
波状にうねる漆黒の髪に白く透けた肌。ほっそりとした輪郭に高い鼻梁に大きな漆黒の目を覆う長い睫毛。
彼女は冥界に住まう、どの悪魔をも魅了させるほどの器量だった。
けれどそれはハデスの正妻であるベルセフォネも同じで、正妻の彼女はエメロンよりもずっと魔力が高い。故にベルセフォネが王の正妻となり、エメロンは側室で止まった。
しかしハデスは正妻と側室の差別はせず、ふたりに変わらぬ愛を注いでいた。
正妻と側室。たったそれだけのこと。
だが、それゆえにプライドが高いエメロンは許せなかった。
――それは忘れもしないある夜のことだ。
その日は今日のようにじっとりとした湿気が漂う不気味な深夜だった。
エイドリアンが寝静まった時を見計らい、彼女はエイドリアンと三歳違いの実の娘、ベネットを連れ去り、共に冥界を抜け出したのだ。
なんと彼女は、冥界のいずれかの悪魔と密通していたらしい。
エイドリアンは妹と母親が失踪したことに気がつくとすぐさま二人を探しに冥界を出た。母親が妹を連れ去ったのだということは当時一五歳のエイドリアンでもすぐに理解した。彼女はエイドリアンとベネットという二人の子供がいながらも、独身気分を満喫していた節があったからだ。
母親の向かった先はすぐにわかった。
――というのも、天界は光を統べる神ウラノスがいる。彼女は天界には行けない。
ともすれば、彼女が行く先はちっぽけではあるが悪魔が住める人間界しかないのだ。
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