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第11話・溝。(1)
赤い瞳をした美しい彼はあれほどエイドリアンの腕の中で乱れ、頬を濡らしていたというのに今はその姿さえもなく、ただ長い睫毛のカーテンを下ろして眠っていた。
――ここはステュクスという七巻きもしている大きな河で、この河を渡りきった先には彼岸が存在する。
ステュクス河は別名、三途の川とも言われているところである。
エイドリアンが立っているこの周辺一帯はまだ浅瀬で、水かさも膝下くらいしかないが、進めば進むほど水かさは増す。
なにせここは大洋神オケアノスが世界に供給している水の一〇分の一ほどの水量を与えられている。
ここは誰であっても歩いて渡ることができない河。そしてこの場所は名のとおり、冥府の河の女神ステュクスが治める領域でもある。
この河が氾濫すれば冥府の国は水深に沈み、この世界が消え失せる。
ゆえに彼女に逆らおうとする愚か者はいない。
だからこそ、エイドリアンはこの大河で安心してユーインの身体を清めさせることができた。
しかし自分の貪欲さにはほとほと呆れる。
ここへ来た当初はユーインの身体を清めさせることを考えていたのに、彼の肢体を腕に包めばたちまち乱れさせたくなる。
美しい陶器の肌に乗ったふたつの突起は赤く腫れ、そして秘めた蕾の中は絖っている。
あの忌々しいラードーンの舌が彼の美しい肢体に触れたことを思い出せば、気がつくとエイドリアンは狂おしく締め付ける彼の中にありったけの欲望を放っていた。
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