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第13話・招かれざる客。(1)
ただただ小石が転がるばかりのざらついた砂地が広がる殺風景な彼岸。
歩き続けるエイドリアンの目にステュクス河よりもゆったりとした流れの河が見えた。
その河は小さな子供も渡れるような浅瀬で、大人の足の脛くらいほどにしか満たない。
水面は自らの存在を強調するように光り輝く。それもそのはず、水底にはエメラルドの原石がいくつも転がっているのだ。
強欲な者はその石を手に入れようと河へと足を踏み入れる。けれどエメラルドの原石がけっして消滅することもない。それもこの河そのものに意味があった。
邪な者がひとたびその河に足を踏み入れれば、その者はたちまち飢えに苦しみ、水を欲して飲み干すのだ。すると生前の出来事すべてを忘れてしまい、この場に止まり、冥府の奴隷と成り果てて過ごすという恐ろしい場所だった。
ここはレテ河。
この河を人々はこう呼ぶ。
忘却の河と――。
だからエメラルドは永遠に失われない。
この河のおかげで冥界は二度と出られない地として知られ、帰還できた魂はほとんどいないとされている。
エイドリアンは縦に流れる河に群がる魂たちを横目に、ユーインを抱えたまま美しく輝くエメラルドを見向きもせずに進む。
するとほどなくして見えてきたのは大きく頑丈な城壁に包まれた巨大な城だ。
此処こそがまさしくエイドリアンの父、ハデス・プルートンが治める冥界城である。
王の玉座も目前だ。正装は難しくとも身形だけは整える必要がある。
しかし村人から受けた額の傷の出血はすでに止まり、傷さえも癒えかけている。
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