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第11話・溝。(3)
そのたびに淫猥な水音と、そして中を掻き出す空気音。それから甘い嬌声が放たれる。それらがエイドリアンの良心をことごとく痛めつけた。
「おや、誰かと思えばエイドリアン様ではございませぬか」
まるでユーインの身体を清めきったのを見計らったかのように、前方からしわがれた声が聞こえた。
深い懺悔に覆われていたエイドリアンは我に返り、焦点が合わない目を上げれば、そこには薄汚い灰色の衣を被った老人が大人の男三人が乗れるか乗れないかほどの小舟に乗って浮かんでいた。
「カロンか……」
エイドリアンがぼそりと呟いたのは老人の名で、ステュクス河を渡りきることができる唯一の存在である。
カロンはこの冥府の渡し舟という存在で、この世に来た魂を彼岸まで案内する役目を仰せつかっている。
「お久しぶりでございます。貴方様がお母上のエメロン様を追ってこの国を去ってからどのくらいが経ちましたかねぇ」
たった数年前の出来事だというのに、ずいぶん昔にあったことのように話す。カロンは当時に冥府の世にあった出来事を目を細めて思い起こしていた。
「お母上は見つけられたのですか?」
カロンはこの冥府を去ってからとうもの、すっかり見違えるほど凛々しくなって戻ってきた王子の姿を見つめた。
しかし、エメロンを見つけることはできていないエイドリアンは手ぶらで、それを見たカロンは深い皺がある眉間にさらに深い皺を作った。
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