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第11話・溝。(4)
なんと言えばいいのかと、行き場がなくなった視線をエイドリアンの腕へと滑らせた時、彼は息を詰まらせた。
エイドリアンの腕にいるのは、妖しい色香を放つユーインだ。
カロンの仕草でエイドリアンはユーインが裸体だったのを思い出し、慌てて川岸に置いてある自分の衣服を手に取ると、自分はジーンズ一枚という簡単な格好で、上の服を彼に被せた。
エイドリアンの身長はユーインよりも高く、だから彼の服一枚でユーインの太腿までをすっぽり覆い隠すことができる。
「その方は……」
カロンの幾数もの皺が入った喉から聞こえたのは唾を飲み込む音だ。
それはユーインの美しい肢体を見てカロンも彼に魅了されたのだろうことが窺える。
「名はユーイン。ベルセフォネの側近だった男ともあればお前も一度や二度は会ったことがあるだろう」
エイドリアンは内心舌打ちしたいのを押し止め、代わりに彼の名を口にした。
「おお、ユーイン様でございますか……。お懐かしゅうございます。いやしかし、これはまたなんとも美しくおなりあそばしましたな……」
「カロン、この河を渡りたい」
カロンの視線をなんとかこちらへ向ける口実を探し、エイドリアンは冥王ハデスがいる冥界の中心地帯に向かうことを伝える。
本来の目的だった事柄がここから逃げ出すこじつけに使われるなどいったい誰が想像し得たことだろう。
エイドリアンは自分の考えに違和感を感じながらも言葉を連ねた。
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