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第11話・溝。(5)

「いくら冥王様のご子息様とは言え、賃金を支払っていただかなくてはなりません」  そう言うカロンはエイドリアンの服を纏ったユーインから視線を外さない。  しなやかに伸びる足先からゆっくりと太腿に向けて這い上がる目線がものを言っていた。  冥府の渡し舟を生業とするカロンには船賃としていくらか賃金を支払わなければならない。それもカロンが気に入る金額を提示しなければならない。  どうやら彼は渡し舟の賃金としてユーインをご所望らしい。  これでユーインよりもずっと価値があるものをカロンに提示しなければいけなくなった。  この憎たらしい強欲者が!!  エイドリアンはひどく苛立ちを覚えた。  なにせ河を渡りきるにはこのカロンしかいないため、彼に強く言うことはできない。  言葉にできない分、エイドリアンは腹の内で思いつく限りありったけの暴言を吐いた。 「わかっている、これでどうだ」  エイドリアンはジーンズのポケットから緋色に輝くブローチを無造作に取り出した。  それは今となってはエイドリアンにとってあまり意味をなさなくなった異物である。 「これは、この世に最も珍しい冥府の王家に伝わる宝石!! 貴方様が一〇歳の誕生日に託されたものではございませぬか!?」  その宝石は喉から手が出るほど大変貴重なもので、王家の証でもあるこれは誰しもが欲しがる逸品だ。  しかし、今のエイドリアンにとってこれはさほど貴重なものではない。  妹が無事ならそれでいい。

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