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第4話 ここはどこ、私はだれ(3)

「そなたは、襲撃を受けた我を庇って楯となり、セラフィアの泉に落ちたのだ」  なるほど。それでこういう事態に……って、え? え? え? なんか余計、状況が見えなくなったんだが。  この銀髪美人が何者かに襲われて、それをこの俺が身を挺して庇い、泉に落ちた、と、そういうこと?  この美人、だれかに狙われた? そんでそれを庇ったってことは、俺は護衛的な立場にあるか、もしくはたまたま通りすがりに襲われてたんで、咄嗟に助けようとしたってことなのか? で、そうやって躰を張った挙げ句に、やっぱりまったく馴染みのない名称の泉に落ちた、と。  ふと見れば、たしかにすぐわきには透明度の高そうな清泉がひろがっている。そして周辺には、木々や灌木(かんぼく)()い茂り、自分がいまいるのが森の中であるということも理解できた。ただし。  エストリーデ。セラフィア。  どちらもまるで耳に馴染まない名称であるうえに、こんな自然豊かな場所に来たおぼえもまったくない。なによりもまず―― 「どこも、濡れてない……」  そう。たったいま泉に落ちたという説明を受けたにもかかわらず、躰も髪も服も、完全に乾いた状態にあって水に濡れた気配すらないのだ。だいいち、たったいままで意識がなかった俺は、どうやって水から這い上がってきたというのか。  っていうか、この銀髪美人の服も変だけど、俺も似たような服着てんじゃん!ということにたったいま気がついた。  どゆことっ!? 銀髪美人は白を基調とした中世ヨーロッパ風。俺は黒を基調とした中世ヨーロッパ風。いや、あくまでこっちの勝手な主観だし、そういった方面の正確な知識があるわけではないので、どこまでいっても漠然としたイメージでってことだけれども。 「当然だ。そなたを濡れたままにしておくわけがなかろう。我が引き上げて、躰も乾かした」  こちらの当惑と混乱をよそに、銀髪美人はどこか得意げに受け応えた。なるほどと頷きかけたところで、またしてもあらたな疑問にひっかかる。 「え、乾かしたって、なにで? ドライヤーかなんかで? どこにも電源はなさそうだけど。あ、充電式ってことか。いや、それよりおたくが俺を引き上げたの? その細腕で? 意外と怪力?」 「どらいあー? でん、げん……じゅう、でんしき? そなた、さっきからいったいなにを言っておる。不可解にもほどがあるぞ」  いや、それはこっちのセリフですけどねっ!?  さっきから内心のツッコミが止まらない。なんだ? 話が全然噛み合わねぇな。やっぱ外人だと、根本的な物の考えかたとか常識が通用しねぇのか? いや、でもドライヤーぐらいは通じてもよさそうなもんだが。あ、発音か? 発音が悪くて通じなかったのか!  考えているあいだにも、話はどんどん進んでいく。 「我は光の眷属(けんぞく)の次期盟主ぞ。我が力をもってすれば、そなたを水中から引き上げ、その身を清めてやることなど造作もない」 「は……え?」  ……いま、なんっつった? 光の、眷属? なんだその、いきなりの厨二(ちゅうに)設定は。  話の流れからして『我が力』ってのはフィジカルな意味じゃないだろう。うん、そういうことじゃない。じゃないのはわかるんだけど……なんだこれ、マジでなんかの撮影かなんかなのか? 「エルディラント、そなた、本当にどうしたのだ。なにゆえ我をそのような目で見る」 「あ、いや、そんな目って……」  悲しげに潤んだ瞳で見つめられて、ガラにもなくあたふたと狼狽(うろた)えてしまった。いろいろ疑問があるせいで態度が悪かったことは認めるが、たとえ男でも美人を泣かせるのは本意ではない。 「わ、悪い。なんか、いろいろ混乱してて……」  そんな目がどんな目かはわからないが、とりあえず傷つけたことは間違いなさそうなので謝っておく。だが結局、宝石のようにあざやかな青い瞳から涙が(こぼ)れ落ちた。 「いくら混乱しているとはいえ、そのように冷たく突き放さずともよいではないか。そなたが目を覚ますまでのあいだ、我がどれほど不安で心配だったか……」 「ああ、いや、だからそんなつもりはなかったんだって。悪かった」  こうも切なげに泣かれてしまってはお手上げだった。

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