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第9話 俺は死んじまっただ?(2)

「それよりもそなた、身体は大丈夫か?」  気遣うように問われて大丈夫だと(こた)えかけ、すぐに思いとどまって苦笑した。 「あ~……っと、その、できれば大丈夫だと言いたいんだが、正直、万全とは言いがたい感じ、かな?」  (だる)くてフラフラすると答えると、銀髪美人はたしかに顔色が悪いと心配そうに眉を曇らせた。  そうだ、森で目覚めたときも自覚が追いついてなかっただけで、体調自体はよくなかったのだといまさらのように気づく。 「いや、でも動けないほどの重病人ってわけじゃないからな。とりあえずまた、お礼は後日させてもらうってことで」  言いながら布団をめくり、ベッドを降りようとしたところでふたたび眩暈(めまい)に襲われた。 「エルディラントッ」  思わずといった具合に銀髪美人が声をあげ、すぐさまハッとして狼狽えた。 「あ、いや、すまない。うっかり呼び間違えてしまった。それよりもその、無理はしないほうがいい」 「ああ、うん。けど、これ以上、迷惑かけるわけには……」 「迷惑などではない!」  断固とした口調で言われて、ベッドの端に座りこんだまま、眩暈のせいできつく閉じていた目を開けた。 「いや、けどここ、あんたと恋人の家なんだろ? いくらなんでも見ず知らずの男が入りこんで世話になるわけには――」  その視界に、自分の首筋から胸もとにかけて、流れる黒髪が映った。  ――え……?  倒れこまないよう、布団の上で突っ張っていた腕の力を抜き、胸もとの黒髪におそるおそる触れる。そのひと束を摘まんで力を加えると、頭皮が引き()る感触があった。  ――は? なんだこれ、地毛? っていうか、俺の、髪……?  銀髪美人の髪も腰に届く長さだったが、この黒髪も、それに匹敵する。  普通に社会人で、それなりの企業に属していたから髪は染めていない。だが、俺の髪は、こんなに黒々としていただろうか。それ以前に、この長さはなんだ? いつ、こんなに伸びた?  茫然として、そこで思考が停止する。髪に触れている指の長さ、手の形、大きさ、肌の色、それから視界に入る上半身の躰付き。どれも、馴染みのある自分のものとは違っていて、それ以上考えることが怖くなった。 「エル――、……その、大丈夫か? 無理をせず、いまは休んで――」  動揺が限界を超えて、咄嗟に目の前にあった腕を掴んでしまった。その勢いと強さに、銀髪美人がビクッとする。 「……ここは、どこだ? それ以前に、は、だれだ?」 「そ、れは……」 「あんたの恋人、エルディラントだったか? あんたはずっと、俺を見てそう呼びつづけてる。けど、それは俺じゃない。俺じゃないはずなのに、自分の躰に違和感がある。それから声も」  そうだ。俺は、こんな声だっただろうか?  思ったところで愕然とした。  ずっと別のことに気をとられていたせいで、そこまで気がまわらなかった。だが、一度意識してしまえば、もう気にしないわけにはいかない。これは、『俺』の声じゃない。 「もう一度訊くが、ここはあんたと恋人の家なんだな? なら、あんたの恋人は、いま、どこにいる?」  問いつめた途端に視線を泳がせ、無言で後退ろうとする手首をさらに強く掴んで引き寄せた。 「いた…っ」 「頼むから答えろ。あんたの恋人はどこにいて、俺は、あんたとはどういう関係だ?」 「エル……、ぃたい……放し……」  泣きそうな顔で訴えられて、ようやく手を放した。だが、興奮はおさまらない。頭がどうにかなりそうだった。

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