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第3話
細身のシックなスーツに着替えてネクタイを締める。
それだけで何かのスイッチが入って頭が仕事モードに切り替わる。
「ネクタイ似合ってるぞ。」
歪みを直しながらそのネクタイを贈った相手は満足そうに呟く。
「貴方のセンスが良いんですよ。」
「いや、付ける本人の素材が良いからだ。」
そんなふうに言われると嬉しい反面、ちょっとだけ自尊心が傷付く。
目の前の男は、男でも見蕩れてしまいそうな程端正な顔立ちをしていて身長も体付きもどれをとっても均整が取れている。
僕もそんなに小さくは無いとは思うけど、それでも見上げてしまうくらい長身の男を見上げた。
「貴方が言うと嫌味にしか聞こえない。」
「素直な意見だ。そろそろ出掛けるぞ。」
唇に触れるだけのキスを落とすとさっさと背中を向けて部屋を出て行く。
彼もまた、スイッチが仕事モードに切り替わったらしい。
上質なスーツを身に纏った背中を追いかけて殺風景な部屋を後にする。
玄関を出ると探してる姿はエレベーター前にあった。
長い廊下を歩いて隣に辿り着くとタイミングよくエレベーターのドアが開いた。
小さな箱に乗り込んですぐ彼の腕が僕の肩に回される。
「体は大丈夫か?」
昨日から酷使した腰はそれなりに重いけど、その痛みさえ甘んじて受け入れられてるんだから。
「大丈夫です。だからって起き抜けに盛るのは辞めて下さい。」
端正な顔を見上げて睨んでも本人には全く問題ないようで。
「・・・考えておく。」
100歩譲った譲歩の言葉に僕は彼に寄り掛かる事で承諾した。
短い2人だけの時間が終わりエントランスに付くと当たり前のように彼の温もりが離れていく。
それに少しだけ寂しさを感じながら入り口に横付けされた黒塗りの高級車へと向かった。
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