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第15話
「楽都?どうかしましたか?」
呼ばれた声に意識を戻すと心配気な顔でこちらを見る紫苑さんが居た。
「ごめんなさい、仕事中に。ちょっと・・・昔の事を思い出してました。」
「昔の事?」
「紫苑さんに出会う前、位かな・・・」
僕の言葉に何とも言えない顔で紫苑さんが見返してくる。
あの頃の僕を知る人は少ない。
どんな生活をしていてどんな事をさせられていたか・・・
聞かれて答えれば紫苑さんは切なそうに笑ってそっと瞼を閉じる。
こんな顔させるつもりは無かったのに・・・
チクッと痛んだ胸に手を当てるとフワリと優しい温もりが肩を抱き寄せて僕の身体は厚い胸板に抱きとめられた。
「今夜はもうお開きだ。帰るぞ。」
「・・・え?」
米噛みにキスを落としながら囁かれた言葉に身体を離すとまた引き寄せられて腕の中に収まる。
「私は構わないけど、楽都は大丈夫なんですか?お店はこれからが稼ぎ時なのでは?」
呆れ顔の紫苑さんが僕と僕を片手で抱き締める男を見詰める。
「ここは俺の店だ。だから構わない。」
自分勝手な発言を口にするオーナーを間近で見上げれば、普段は見られない穏やかな顔で見つめ返される。
こんな顔されたらもう何も言えなくなってしまう。
「はいはい、解りました。と、言う事なので後は頼みましたよ?店長。」
いつの間にかVIPルームに来ていた店長に紫苑さんが問いかけると、大きな溜め息が広い部屋に響いた。
「畏まりました。楽都、今日はもう上がって下さい。」
「でも・・・」
「王が臍を曲げるより痛手は少ないからな。今回は特別ですよ、王。あくまでも貴方はこの店のオーナーなのですから我儘は・・・」
「帰るぞ、楽都。紫苑、会合の件はまた連絡する。」
「了解。」
店長の小言を遮り話を終わらせると僕を抱いたまま立ち上がると暴君はVIPルームを足早に出て行った。
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