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第3話

◇ 「うっ、」 「あ、隆義(たかよし)さん、こんにちは」  しばらく部屋にこもっていたからだろう、たまらなく外の空気が吸いたくなり、窓からの風では足りなくて、公園にでも出かけてみようかと玄関のドアを開ければ、ちょうど荷物を届けに来た原沢(はらさわ)くんと遭遇した。  中身が軽いのか彼が力持ちなのか。大きな段ボールを相変わらずに軽々と持ち上げている。 「……お疲れ様。それじゃあ」 「あのっ、待っててください。これを届けてきた後で隆義(たかよし)さんにお渡ししたいものがあるので」 「……え?」  お願いします、とその言葉を付け足して、彼は隣の隣の部屋へと荷物を届けに行った。  そういえば隣が松倉(まつくら)さんだというのはたまたま知ったけれど、その隣までは知らないなぁと、自分が暮らしている世界は狭いのにその世界さえも何も知らないのだと不思議な気持ちになった。  ここで暮らしはじめてそこそこ長い時間が経ったものの、良くしてくれる担当編集者を除いては、誰とも交流がない。一人の生活に慣れてしまった。  それなのにどうしてか原沢(はらさわ)くんは違うように思える。名前を聞かれたあの日から、自分の生活が変わってしまいそうな予感さえもしている。  原沢弘明(はらさわひろあき)という名は、私は他に覚える人がいないから簡単に覚えられるが、毎日たくさんの人と関わる彼が今日も私の名を覚えていたのは驚きだった。 「隆義(たかよし)さん、お待たせてしまって申し訳ないです。これを渡したくて」  一度下へとおりていき、何か小さな箱を持ってきた彼は、それを私へと差し出した。 「これは……?」 「地元のお土産です。たまたま実家から送られてきて。この間のお詫びにもらってください」 「この間のお詫びって部屋を間違ったことか?」 「はい」  私が手を差し出さないからか、差し出されていたその箱が、ぐいっと押し付けられた。有名なお菓子でその美味しさは知っている。  きっと原沢(はらさわ)くんのお気に入りで両親が送ってくださったのだろう。 「そんなことで君はいちいちこうやってお詫びを? わざわざ後日に詫びるような失敗ではないだろう? 気にすることはないのに。いただくのは気が引けるよ」 「じゃあ言い方をかえます。お詫びというのは口実で、隆義(たかよし)さんとお話ししたかっただけです。これを渡せば次に会ったときにお菓子おいしかったですか? って自然な会話ができるでしょう?」  もう言ってしまったので自然な会話にはなりませんが、と頬を掻きながらそう言った彼の口元に力が入っているのが分かった。

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