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第4話

「……何のために」  彼は私なんかと会話をしたいと思うのだろうか。面白い話ができるようには見えないし、そもそも愛想がないことくらい、初対面の時から分かっているだろうに。  若くてキラキラしている彼は、私からすればたまらなく眩しくて、本来ならば関わりたくないタイプの人間だ。  私が彼の輝きを汚してしまうのは怖いし、理由が分からないままに歳の離れたただの配達員と関わるのは怖い。  人との付き合いはとうの昔になくなっていて、だからこうして気軽に話をすることもないわけで。彼と関わると何もかもが私にとっては非日常だ。 「隆義(たかよし)さん……、俺、あなたと友人になりたいです。この前の間違いも何かの縁だと思って仲良くしてください。ね……?」  だからどうして私なんかと、とその先は言わせてはくれなかった。  ぐっととお腹に箱の角が食い込むほど強く押し付けられ、反射的に受け取るしかなくなってしまった。  おじさんをからかうのはいい加減にしろと腹が立ったけれど、彼の顔はどうしたってふざけているようには見えず、じっと見つめてくるその瞳を見ていたら何の言葉も出てこなかった。 「俺ね、ここらへんを担当しているからってだじゃあなく、このマンションへのお届けってけっこう多いんです。あなたのことも以前から何度かお見かけしていました。俺とすれ違っても絶対に顔を上げてくれないし、上げていたとしても見てくれない。一方的に知っていただけでしたけど。あの日が初めて、あなたと目を合わせられた日でした」 「……っ、」  眉を垂らして微笑む彼に私の体は固まってしまったようだ。息をするのも苦しくて、思わずお菓子の箱を受け取ってしまったままの姿勢から手足が動かない。  彼が一歩、私へと近づいてきた。 「隆義(たかよし)さん……、今日は髭、剃ってるんですね」  彼は手を伸ばし、私の頬に触れた。指先が少しだけゴツゴツしているのがそこから伝わる。  何をするのかと逃げたくなったけれど、体は相変わらずで抵抗もできないし、何より触れ方があまりにも優しくて、その優しさのせいではっきりと分かってしまった。私に触れる彼の手が震えていることに。 「髭、色っぽいなあってずっと思ってたんですけど、ないのも良いですね。髭のないあなたも新鮮で素敵です」 「……(ひろ)、あ……」 「ん? 名前を呼んでくださるんですか?」 「……っ、」 「ふふっ、じゃあ今日はもう行きますね」 「あ……」  ゆっくりと手が離れていく。それでも彼の熱がほんのりと残っていて。大した熱でもないくせに、なぜか頬でなく胸が、じりじりと焼けるようだった。

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