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第6話
てっきり弘明 くんだと思っていたけれど、そこに立っていたのは担当編集者の棗 さんだった。
まだ若いほうなのにしっかりしているし、思ったことを遠慮せずに言ってくれる彼女には心を許せていて、友人とも呼べる特別な存在だ。
ただ、編集者としての仕事を抜きにしての彼女は、思ったことを言い過ぎてしまうので、少しは遠慮してほしいところもあるけれど。
「はぁ……」
力の抜けた私は、彼女の肩に頭を預けた。
「先生、どうしたんです? 私に甘えるなんて珍しい~!」
おじさんにこんなことをされても、彼女は嫌がることなく私の頭に手を置いてぽんぽんと軽く叩いた。それからよしよしと子どもをあやすように撫でてくれる。
彼女に触れられるときは、胸の高まりなんてものはなく、ただただ落ち着くだけだ。
「……楽しそうに笑うなよ」
「この間電話したときに珍しく落ち込んでらっしゃったから、心配で来てみたんですけど、こんなレアなお姿を見られるとは。ぷっ……! 今日はもしかしてデレ期ですか?」
「そんなわけないだろう! はぁ……、本当に楽しそうだな!」
彼女に弱みを見せることは滅多にないから、私のこんな姿を見て楽しい気分になることは分からないでもないが、それでも吹き出すほどに笑わなくても、とは思った。
大きくため息をつけば、彼女はまた笑いをこぼす。
「先生はテレビも見ないし、ネットも見ないし、家族との交流もないし、日常的に心を刺激される何かに触れることはほとんどないですよね? それなのに落ち込んでらっしゃるから、一体何があったんだろうって心配していたんですよ。馬鹿は風邪引かないって言うのに、もしかして風邪か~? なんて思って来たんですよ。ほら、だから飲み物とかゼリーとかたくさん買ってきて。えっ、でも全然熱とかなさそうですね。じゃあ何です? 何が原因なんです?」
珍しく落ち込んでいる私を冗談を言って励まそうとしてくれている、とは頑張っても思い込めないような内容に呆れるものの、彼女はいつもこんな調子だ。
「言っていることが、あまりにもひどすぎじゃあないか。私のことを先生って呼ぶ以外に、君が私を敬ってくれている要素が一つもないよね。それに棗 さんって、よくもまぁ息継ぎもなくそんなに一気に話せるなぁ。感心するよ」
「先生とは長い付き合いだし、特別なんですよ」
「こうやって良さそうなことを言えば、その失礼な態度も許されると思っているの?」
「え? 許してくれないんですか? 担当編集者かえます?」
「……またそんなことを言う。棗 さんがいいよ。こんな私に付き合ってくれるのは君しかいないし」
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