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第9話
◇
扉が閉められてから実際には五時間ほどしか経っていないのに、まる一日待ったと思うくらいに長く感じた。
そもそも本当に仕事終わりに来てくれるのかは分からない。……私をからかっただけではないだろうか。
何度も心配になったり訝しんだりで、ドアの前をうろうろしていた。
無駄に飲みすぎた水のせいでいつもの倍はトイレに行ったし、彼と関わるとこれだけのことでも冷静さを失ってしまう。
「……っ、」
そもそも私は、彼とどうなるつもりなのだろう。
彼が来てくれるのかということばかりに気を取られているけれど、来たところで私はこのドアを開けるべきなのか?
開けて友人になりお互いを知って、それからどうすれば良い……?
息子だと言えるほどの年の差があり、たまたまここの担当である配達員の彼と、私が関わる意味は何があるのだろう。
長い間友人と呼べる存在はおらず、そういう関係を築きたいと願ったところで、そもそも接し方が分からない。
それを彼から学ぶ? いや、それこそおかしな話じゃあないか。
だいたい彼の距離感は、私が人に慣れていないことを抜きにしても違和感がある。触れてくる指先はひどく優しくて、名前を呼ぶ声は甘い。その真意が分からないから、それにいつも心臓がざわつく。
今後も関わることに、私にとって何かプラスになることがあるとは思えない。
口が渇き、気分が悪くなった私は、冷蔵庫からペットボトルを取り出した。
全て飲みきるのに二日はかかるその大きなペットボトルにはもう、コップ一杯分しか残っていなかった。そりゃあこれだけ飲めば、あんなにもトイレに行きたくなってしまうわけだ。
「はぁ……」
棗 さんが持ってきてくれた袋を確認すると、体調を気遣ってかスポーツドリンクばかりだった。
これは本当に体調を崩したときに取っておきたいからと、飲まずに全て冷蔵庫へと移す。
「どうしたものか……」
うちには浄水器はないし、水道水は絶対に嫌だ。水は滑らかな軟水だと決めている。
なくなる前に水を買いに行こうと家の鍵を手にしたところで、彼とすれ違いになってしまうかもしれないと心配になった。
……ああ、どんなにドアを開けない言い訳を並べたところで、結局私はドアを開け、彼を受け入れたいんじゃあないか。
久しぶりに誰かに名前を呼ばれたこと、他人の温もり、次はいつ来てくれるのかと密かな期待。どんなに抑え込んだところで私は、それを楽しみに感じている。
鍵を元の場所に戻し、ふう……と一つ大きな呼吸をして、私は玄関に座り込んだ。
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